鉄道ホビダス

2010年6月アーカイブ

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今年100周年を迎えている京阪電気鉄道では、小誌もお手伝いした記念出版『京阪電車 車両の100年』をはじめ、さまざまなアニバーサリー企画を展開していますが、来る7月10日から2600系5輌編成を使用した移動式ミュージアム、その名も「京阪ミュージアムトレイン」が各駅を巡回することになりました。
▲往年の名車1550型のモスグリーンを再現した「京阪ミュージアムトレイン」外観イメージ。 京阪電気鉄道提供
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この「京阪ミュージアムトレイン」は2600系2602+2702+2802+2712+2812編成の外観を、1927(昭和2)年に日本最初の"ロマンスカー"としてデビューし人気を集めた転換クロスシートの豪華車輌1550型の塗装をイメージしたモスグリーンとし、車内には京阪所蔵の歴史的車輌部品や模型、副標、写真、ポスター等の宣伝物などの資料をはじめ、これまでに発売した同社のオリジナル玩具なども公開されます。「京阪電車100年のあゆみ」や「京阪特急特集」など、5輌それぞれにテーマが設定されているのも大きな特徴です。
【1号車テーマ:京阪電車100年のあゆみ】
明治43年4月15日の大阪・天満橋~京都・五条間の開業から100年にわたる京阪電車のあゆみを展示。
【2号車テーマ:なつかしの駅風景】
各駅のなつかしい駅風景写真を現在の様子とともに展示。
【3号車テーマ:京阪特急特集】
京阪特急にスポットを当て、特急に用いられた車輌を紹介するとともに鉄道部品を展示。あわせて、京阪電車で使用された列車種別標や副標なども展示。
【4号車テーマ:京阪電車でおでかけ】
これまでに製作された京都や琵琶湖など京阪沿線の観光スポットなどを紹介するポスターやパンフレットを展示。
【5号車テーマ:京阪電車グッズ大集合】
これまでに発売したオリジナル玩具等を展示。

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もちろん車内には『京阪電車 車両の100年』所収の片野正巳さんのイラストも多数展示される予定ですので、ぜひご覧いただければと思います。
なお、この「京阪ミュージアムトレイン」は7月10日(土曜日)の中之島駅3番線での展示を皮切りに、9月にかけて合計15日間にわたって巡回する予定です。
▲「京阪電車100年のあゆみ」をテーマとした1号車車内イメージ。 京阪電気鉄道提供
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■展示日程
【中之島駅 3番線】
7/10(土)、7/17(土)、7/24(土)、7/31(土)、8/1(日)、8/8(日)、8/11(水)、8/12(木)、8/15(日)、8/22(日)、8/29(日)
【枚方市駅 5番線】
9/18(土)、9/19(日)
【中書島駅 4番線】
9/25(土)、9/26(日)
■展示時間
10時30分~16時00分(入場15時40分まで。全日程同じ)
(見学は無料・ただし、改札内への入場や当該駅までの運賃は必要)
※展示日時はダイヤの状況等により、変更・中止になる場合がある。また、車内の混雑状況等により、入場を制限する場合がある。

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▲写真展会場中央には数々の歴史的写真集とともに『昭和三十四年二月北海道』時代のレオタックス、そして『Fの時代』時代のニコンF(ともに日本カメラ博物館収蔵品)などが展示されている。'10.6.29
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いよいよ今日から東京千代田区のJCIIフォトサロンで、広田尚敬作品展「蒸気機関車の時代~昭和34年とF~」が始まりました。すでに何度かご紹介しているように、今年は広田さんが鉄道写真の撮影を始めてから60年目のアニバーサリーイヤーにあたり、その鉄道写真活動歴60周年を記念して、出版社6社を横断して7冊の作品集が出版されます。弊社から昨年末に刊行した『昭和三十四年二月北海道』もその中の一冊で、今回の写真展では同書と、同じくモノクロの写真集『Fの時代』(小学館)所収の作品を再構成し、「蒸気機関車の時代~昭和34年とF~」と題してオリジナルプリント約70点が展示されています。

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▲エントランスを入ってまず展開するのが『Fの時代』の世界(左)。そして奥のスペースに『昭和三十四年二月北海道』の原画が展示されている(右)。'10.6.29
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会場は日本カメラ博物館を併設したJCIIフォトサロン。㈶日本カメラ財団が運営するこのフォトサロンは、規模こそそれほど大きくはないものの、まさにわが国の写真文化の中心地とも呼べるたいへん権威ある写真展会場で、これまでにも土門 拳や名取洋之助をはじめ、日本を代表する多くの写真家の作品展が開催されています。しかも、銀塩モノクロプリントに拘った展示が特徴で、今回の展示でも、プリンター出力ではない印画紙に焼き込まれたモノクロ粒子の美しさを堪能することができます。

hirota_60th.jpg■広田尚敬作品展 「蒸気機関車の時代 ~昭和34年とF~」
●タイトル  広田尚敬作品展「蒸気機関車の時代~昭和34年とF~」
●期  間 2010年6月29日(火)~8月1日(日)  
●開館時間  10:00 ~ 17:00   ※ 入場無料
●休 館 日  毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)
●展示点数  約70点(全作品モノクロ)
●所 在 地 東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1階 JCIIフォトサロン
(東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅下車、4番出口から徒歩1分 下記地図参照

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▲広田尚敬作品展「蒸気機関車の時代~昭和34年とF~」の案内葉書。
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この写真展に合わせて、恒例の図録(定価:800円/税込)も製作されています。240㎜×250㎜判24ページのこの図録は、前半が『Fの時代』、後半が『昭和三十四年二月北海道』からの展示作品が収録されており、会場を訪れた際にはぜひとも手に入れたい素晴らしい仕上がりとなっております。

jcii03010zuroku01.jpgなお、今週土曜日=7月3日に開催される鉄道写真活動60周年記念・広田尚敬氏講演会「SL ~昭和34年とF~」ですが、本日JCII担当者にうかがったところでは、すでに予約定員の100名に達してしまっているそうですが、開場のキャパシティーからあと20名ほどは受付可能とのことです。場合によっては立ち席をお願いすることとなるかも知れませんが、小ブログをご覧になって是非と思われる方はJCIIフォトサロンまで直接お申し込みください。
■日  時 2010年7月3日(土) 14:00~16:00
■会  場 千代田区一番町25番地JCIIビル 6F
      ※写真展会場は1F JCIIフォトサロン
      (東京メトロ半蔵門線・半蔵門駅下車、4番出口から徒歩1分)
■参 加 費 300円 (フォトサロン友の会・カメラ博物館友の会会員は無料)
■申 込 先 JCIIフォトサロン (℡:03‐3261‐0300)
      ※予約制です。座席指定はございません。
▲会場限定で販売されている図録(定価:800円)。
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イベントでは私と、『Fの時代』を編集された小学館・月刊IKKI編集長の江上英樹さんがMC役となって、広田さんに2冊の写真集の特徴や、撮影時の裏話、さらには昨今の鉄道写真事情にいたるまで、誌面では語れない深い話をうかがう予定です。ご期待ください。

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▲ED19 4牽引の飯田線下り貨物列車が、中央アルプスをバックにした沿線随一の撮影名所・中田切川橋梁を渡る。'70.11 田切-伊那福岡 P:浅原信彦 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌 7』より)
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浅原信彦さんのライフワーク『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』は、圧倒的なボリュームで完結した「電車編」全6巻に続いて、ついに電気機関車編の先陣を切る「直流旧型電気機関車」に突入しました。

100628njnr7s.jpg第7巻となる「直流旧型電気機関車(上)」では巻頭の14ページを使って「国鉄電気機関車略史」を紹介されています。すでにご承知のように、連載「ガイドブック 最盛期の国鉄車輌」は、国鉄車輌にとって大きなターニングポイントとなった、いわゆる「よん・さん・とう」=昭和43(1968)年10月時点での在籍車輌を詳述することを本旨としていますが、それまでの歴史を通観することによって、より一層収録形式の理解も進むはずです。しかも、臼井茂信さん撮影による東京機関区のEF50の形式写真など、まさに目の覚めるような写真が目白押しで、浅原さんならではの解説とあいまって、この巻頭14ページをご覧いただくだけでも国鉄電機の生い立ちが的確にご理解いただけるはずです。

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▲蓄電池機関車10形(のちにAB10)として生まれたEB10形は、2輌の兄弟が田端機関区に在籍し、須賀貨物線で活躍を続けていた。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌 7』より)
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ところで、浅原さんと聞いてまず思い浮かぶのは「電車」であり、機関車ファンというよりは電車ファンと思われている方が大半なのではないでしょうか。ところがさにあらず、「あとがき」にも自ら書かれておられますが、実は大の機関車ファンで、これまで本格的に発表される機会がなかったものの、国鉄機関車の形式写真は電車にも増してお撮りなのです。本書をご覧いただければおわかりのように、それは形式というよりは番号つぶしを思わせる悉皆撮影に等しく、しかもその写真たるや形式写真のお手本ともいえる見事なものばかりです。

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▲最終的には同じED17形に括られたものの、出自のまったく異なる5形式を統合しただけに、本形式ほど複雑な旧型電機もないだろう。号機ごとのディテールの差異にまで言及されている本書は、模型ファンにとっても有用なはず。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌 7』より)
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本巻では、異色のB型機であったEB10を皮切りに、ED11、ED17といった輸入D型機、ED16、ED21といった黎明期の国産D型機、そして初の国産省型機としてその後の標準となったEF52変じてEF14からEF15までの貨物用F型機を収録しております。

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▲関門用としてステンレス無塗装車体に換装されたEF10 24。トンネル用とはいえ、その姿は旧型電機の中でもひときわ異彩を放っていた。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌 7』より)
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掲載形式(目次より)
EB10 1・2/ED11 2/ED16 1~18/ED17について/ED17 1~15/ED17 19~21・22/ED17 24・26/ED17 27・28/ED18 1~3/ED19 1~6/ED21 2・3/ED26 11・12/ED27 13・14/EF10について/EF10 1~16/EF10 17/EF10 18・19/EF10 20~24/EF10 25~29/EF10 30~33/EF10 34~41/EF11について/EF11 1・2・3/EF11 4/EF12 1~17/EF13 1~31/EF14 1・2/EF15について/EF15 1~8・20・21・29・30/福米型EF16形への改造について/EF15 9~11・34~36・40~42/EF15 12~15・37~39・43~45/EF15 46~54/EF15 55~76/EF15 130~161/EF15 162~202/諸元表

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▲貨物用旧型F級電機のスタンダードだったEF15。その活躍のわりには詳述されることがなかったが、本書では形態分類も含めてきめ細かに解説。 (『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌 7』より)
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もちろん連載時には掲載できなかった写真・資料もふんだんに追加しておりますので、ぜひ電車編1~6巻(→こちら)とともに書架にお揃いいただければ幸いです。なお、本誌での連載はEF58編が終わり、次号7月発売号ではEF53が登場します。こちらもご期待ください。

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▲成田空港駅1番線に到着した試乗列車12AE83列車。この1番線は成田スカイアクセス線一般電車専用ホームで、開業後スカイライナーがこのホームに入ることは基本的にない。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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都心から成田空港までの新たなアクセスルート「成田スカイアクセス」が7月17日(土)に開業しますが、報道関係者を対象とした、最高時速160kmで走行する新型"スカイライナー"の速さと快適性を体験する「マスコミ試乗会」が、6月23日(水)に実施されました。編集部からは伊藤真悟君はじめ3名が参加、ひと足お先にその快適性を体験してまいりましたので、動画を交えてお伝えすることにいたしましょう。

100624n5904.jpg試乗列車はAE4の編成が使用され、12AE83列車として京成上野駅4番線を13:07に出発しました。また、現行ダイヤの中での運転であることから、12AE83列車は日暮里、千住大橋、新鎌ヶ谷、印旛日本医大の各駅に停車しての運転となりました。

▲京成上野駅4番線に入線する試乗列車。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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14:27に印旛日本医大を出発すると、いよいよ時速160km走行可能エリアへ。徐々にスピードを上げ、ついに時速160km/hに達するとともに、速度を維持したまま14:32には成田湯川駅(7月17日開業予定)をあっという間に通過。そのわずか4分後には空港第2ビル駅に停車するという速さです。

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▲成田空港駅では森田健作・千葉県知事と花田 力・京成電鉄社長のフォトセッションが行われるとあって、詰めかけたマスコミでたいへんな賑わい。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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そして12AE83列車は14:39に成田空港駅1番線に到着。この1番線は「成田スカイアクセス」開業とともに供用を開始する新しいホーム(単式ホームの1面1線)で、成田スカイアクセス線の一般電車(アクセス特急など)の専用ホームとなっており、この1番線に新型"スカイライナー"が入線するのは貴重なシーンとなります。

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▲開業を待つばかりとなった成田空港駅コンコース。成田スカイアクセス線1番線への案内表示が見える。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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成田空港駅では森田健作・千葉県知事と花田 力・京成電鉄社長が揃ってフォトセッションが行なわれるとともに、お二人も折り返しの試乗列車(15AE82列車)に乗車されました。

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▲時速160㎞/hで快走する15AE82列車の車窓(左)。客室内のドア上部に設置されたモニターには前面展望が映し出される(右)。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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100624n5988.jpg15AE82列車は15:15に成田空港駅を出発して空港第2ビル駅に15:17到着。そして15:17に空港第2ビル駅を発車すると時速160kmまで加速、再び時速160km/h走行を体験します。併走する成田線では堀之内信号場で待避中のE259系〈成田エクスプレス32号〉の追い越しや引退間近い253系〈成田エクスプレス33号〉とすれ違うシーン(相対速度は時速290km!)も見られました。
▲試運転中の僚車とすれ違う。'10.6.23 P:RMM(高橋 隆)
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印旛日本医大駅を15:26に通過後、森田健作・千葉県知事と花田 力・京成電鉄社長が各車輌を訪問。お二人に対して報道関係者からさまざまな質問が寄せられました。

100624AE_movie.jpgその後、15AE82列車は新鎌ヶ谷、千住大橋、日暮里の各駅に停車。途中の京成高砂―青砥間ではAE形の試運転列車とすれ違い、千住大橋駅停車中には"スカイライナー"から撤退するAE100形に道を譲ったりと、試乗列車ならではの光景が展開し、16:16に列車は京成上野駅に到着。これをもって「マスコミ試乗会」は終了いたしました。残念ながら天候は今ひとつでしたが、ひと足お先に体感できた空港アクセス新時代、皆さんもぜひ添付動画で疑似体験いただければと思います。

取材協力:京成電鉄

▲画像をクリックすると動画がご覧になれます(10分48秒)

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▲朝の冷気の中を冷水峠に挑むC55 46。'70.3.1 筑前内野-筑前山家(1735レ) P:高橋和男 (『国鉄時代』vol.22より)
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一昨日、6月21日に発売となりました『国鉄時代』vol.22は「北九州の煙」と題して、北九州、とりわけ筑豊の蒸気機関車を中心に構成してお送りします。

100623n005.jpg本州側から関門トンネルをくぐって門司に渡ると、そこは空を覆うばかりの濃厚な煙漂う蒸機の楽園でした。昭和40年代半ば以降、いよいよ終焉が迫る頃でも、本州から渡ると門司のヤードのあちこちに立ち上る煙を見て「えらいところに来たものだな」と胸が高鳴ったものでした。そんな気持ちでまずページを開けて「関門トンネル」をくぐってください。まず、巻頭は「筑豊の印象」は蒸機華やかなりし頃の筑豊本線のイメージをグラフにまとめております。内輪の話になって恐縮ですが、今号より印刷機も最新のものに換え、黒の描写性が各段に向上しております。触ったら煤の付きそうな仕上がりで、C55、D50・D60、9600などをご覧ください。

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▲D60の後補機を従えて冷水峠にアタックするC55 46。'70.4.8 筑前内野-筑前山家 P:大谷眞一 (『国鉄時代』vol.22より)

筑豊はスポーク動輪王国でもありました。D51・C57は少数派で、9600、8620、D50・D60など幅を利かせる大正の古豪をおさえ、C55がクイーンとして君臨していました。鉄の地肌が見えるほど美しく磨き込まれた若松の9輌のC55の活躍を振り返る成田冬紀さんの若松機関区のC55回想録」はパシフィックファン喝采の企画です。

100623n002.jpgそのC55が旅客列車活躍する時代、筑豊本線の華である急行「天草」を牽いたC57に焦点を当てた大塚 孝さんの「"天草"を牽いたC57」は、折尾駅接続線を駆け抜けるC57を見守っていた若き日の憧れが詰った記事、「古豪D50・D60 筑豊煙三昧」の加地一雄さんとともに地元ベテランファンならではの蒸機への密着度は、羨ましい限りです。
▲蒸機牽引の優等列車華やかなりし頃の佐竹保雄さんの「昭和33年 九州旅日記」。 (『国鉄時代』vol.22より)
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一方、はるばる煙を求めて訪れた佐竹保雄さんの「昭和33年 九州旅日記」では客車の現車調査を目的の一つに巡った20代の頃の日記。鹿児島本線のエース・門司港区のC57がC59に置き換えられた頃で、本線を一般客車で組成された寝台特急が行き交っていました。C59と言えば、中島正樹さんの「鹿児島本線 田原坂」。最後の牙城となった熊本区C59の華々しい活躍を捉えた作品で構成、小刻みなブラスト音を古戦場に轟かせ「みずほ」「阿蘇」「天草」が勾配を駆け上ります。

100623n007.JPG筑豊で最後まで踏みとどまった9600。直方の跨線橋や後藤寺のホームから眺める光景はまさに「蒸機の里」、濃厚な煙漂う光景は当時でも一昔も二昔も前の印象でした。網の目のように炭田を延びた路線の隅々まで、この働き者の老兵は動き回っていました。三品勝暉さん、林 嶢さんの「老兵9600 筑豊に吼える」は蒸機末期とは思えない縦横の活躍ぶりを捉えた印象的な記事です。この作品と同時期に撮影した8㎜「筑豊の9600」も特別付録DVDに収録いたしました。8㎜作品はC50牽引列車を追った加地一雄さんの「日豊本線525レ」、根本幸男さんの「日向路蒸機讃歌」と見応えある貴重な映像がラインナップされています。

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▲伊那電気鉄道時代からの貴重な証言が詰まった「飯田線 旧型電機回顧」。 (『国鉄時代』vol.22より)
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一般記事では高野陽一さんの「行商列車542レの記録」。旧き佳き時代の行商人の明るい笑い声がオハニ36に響きます。また「飯田線 旧型電機回顧」は地元ファンの小林 哲さんに伊那電気鉄道時代からの関係者を巡って聞き取り調査をしたエピソードを綴っていただきました。さらに高橋 弘さんの「南海 南紀直通列車」、上野 巖さんの「播但線のC51」から堀岡健司さんの「函館桟橋DE10航送入換え」まで、新旧の貴重な記録を当時の思い出ともにお送りいたします。

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▲高野陽一さんの「行商列車542レの記録」は"萬さん"と呼ばれた行商列車を仕切る親方との心温まる交流記。 (『国鉄時代』vol.22より)
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依然としてブログシステムが不安定で申し訳ございません。2009年以前のエントリーを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに分離いたしました。昨年以前のアーカイブをご覧になる場合は→こちらをご覧ください。また、「編集長敬白 アーカイブ」は現状ではモバイル対応しておりませんが、近日中には改善される見込みです。なお、作業環境が著しく限定されてしまうため、今後は平日のみの更新とさせていただきますので、なにとぞ事情ご賢察のうえご了承ください。

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▲完成したHB-E300形「リゾートビューふるさと」。新製リゾートトレインとしては初のステンレス車体が採用された。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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JR東日本では今年10月から開催される「信州デスティネーションキャンペーン」(信州DC)開催にあわせ、雄大な北アルプスの山々を背景に大糸線を中心に運行するハイブリッドシステムを搭載した新型リゾートトレインを開発、先日その完成車輌が報道公開されました。これは昨年発表された(アーカイブ「ハイブリッドシステム搭載の新型リゾートトレイン」参照)東北新幹線八戸―新青森間開業にあわせたハイブリッドシステムを搭載した新型リゾートトレイン10輌の新製計画の先陣を切るものです。

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▲大きな正面窓の下には"RESORT HYBRID"のロゴが入れられている。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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2輌編成のこの新型リゾートトレインは、すでに2007(平成19)年夏から小海線で運用されているキハE200形(アーカイブ「ハイブリッド車キハE200いよいよデビュー」参照)のディーゼルエンジンとリチウムイオン電池を組み合わせたディーゼルハイブリッド方式を採用、ハイブリッドを意味する"HB"を冠して形式は「HB-E300形」とされました。愛称名は昨年12月18日から今年1月8日まで22日間にわたって一般公募され、2,165名の応募のなかから、運行区間の雄大な山々、清涼な川や湖、澄んだ空、郷愁を誘う里山など、日本の「ふるさと」を思い起こさせる美しい風景(View)と、多くの人々の出会いがつながる旅を創り出せる列車をイメージした名称として「リゾートビューふるさと」と名づけられました。

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▲ゆとりある回転リクライニングシート。天井からは前方展望や観光案内などを放映する車内モニター装置が設置さえている。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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▲1号車(左)と2号車(右)の展望室。大きな側窓とソファーや眺望用腰掛が特長。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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車輌のデザインコンセプトは、大糸線沿線に聳える北アルプスをはじめ、沿線の山々や川・湖・木々といった信州の大自然をモチーフとしており、エコロジー、自然との共生を表現したものとなっているそうです。

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▲その運転台。全面は一枚ガラスとなっており、運転室後部の展望室からの眺望にも配慮されている。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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編成は1号車は44席、2号車が車イススペースと車イス対応の大型洋式トイレを備えた34席。ともに運転室後方に展望室を配置しています。この展望室は側面には大型窓を備え、眺望用の腰掛やソファーが配置されたフリースペースとなっています。

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▲車体側面に大きく描かれた"RESORT HYBRID"のロゴ。'10.6.18 長野総合車両センター P:RM(新井 正)
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このHB-E300形「リゾートビューふるさと」は、信州DCに合わせてデビュー、長野から松本を経由して大糸線南小谷までの運転を予定しているほか、飯山線での運用も計画されています。運転計画の詳細はまだ発表されていませんが、信州の新たなフラッグシップとして活躍が期待されます。なお、引き続き同系車が津軽・大湊線に2輌編成×2本(愛称名「リゾートあすなろ」)、五能線に4輌編成×1本(既存の"リゾートしらかみ"を1編成取替)投入される予定となっています。

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▲出石を出発し、江原に向かう混合列車。最後部には客車としてガソリンカーが連結されている。 1939年 出石-鳥居 P:谷川義春 (RM LIBRARY131『出石鉄道-二千人の株主が支えた鉄道-』より)
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今月のRMライブラリーは安保彰夫さんによる『出石鉄道-二千人の株主が支えた鉄道-』です。「出石(いずし)鉄道」といってもご存じない方が多いと思いますが、現在の兵庫県豊岡市、山陰本線江原駅と東側の出石町の間、11.2kmを結んでいた鉄道です。

100621rml131s.jpg出石は現在でもその歴史的な街並みで知られるように、城下町として古くから栄えていましたが、明治に入り開業した山陰本線のルートから外れると、役所や銀行などの公的機関が豊岡に移るようになり、出石は寂れていきました。これを憂いた有志により1919(大正8)年に設立されたのが出石鉄道です。その建設にあたっては広く株主を募ったものの集まらず、結局出石の住民2,000人が株主となりましたが、それでも建設は簡単には進まず、資金不足に加え地震による被害もあり、数度の建設中断を経て開業したのは1930(昭和5)年のことでした。

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▲出石鉄道最大の建築物ともいえる円山川に架かる鶴岡橋梁。わずか15年の運行期間中に2度流失、出石鉄道では江原側の運行を確保するため八日市鉄道からガソリンカーを購入した。 (RM LIBRARY131『出石鉄道-二千人の株主が支えた鉄道-』より)
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開業後も当初予定したガソリンカーでの貨車牽引が性能不足によりできず、急遽鉄道省から機関車を購入したり、鉄橋が二度も流失したりと、幾多の困難が降りかかりますが、その度に挫けることなく復旧して運転を続けました。バスとの競争もあり、決して営業面では決して安泰とはいえない鉄道でしたが、それらを乗り越えたのは出石住民の「われらが鉄道」という意識によるものであったと思われます。

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▲出石鉄道の動力車は蒸気機関車3輌、ガソリンカー3輌が全てであった。梅鉢製のガ1・2号は出石鉄道開業時に入線し、当初は貨車も牽引する予定であったが、出力不足から牽引することは出来ず、訴訟沙汰となった。 (RM LIBRARY131『出石鉄道-二千人の株主が支えた鉄道-』より)
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その出石鉄道に国から運行の休止命令が出されたのは1943(昭和18)年のこと。戦時下の「金属回収令」に伴うものでした。出石では住民の地と汗の結晶である鉄道の休止は絶対服従できないと総決起集会が開かれ、死者まで出たと伝えられていますが、結局路線の大半は撤去されました。一部区間は海軍飛行場建設に伴う砂利輸送に使用され、戦後も貨物輸送を行いつつ復活の機会を伺いますが、これが実現することはなく、1951(昭和26)年にはすべての運行が中止されました。

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▲本書の白眉とも言えるのが30年前に行われた全線にわたる空撮。1980(昭和55)年当時の出石鉄道跡をヘリコプターから眺める。市街地は家屋が建て込んだものの、多くの区間は線路跡がはっきりと分かった。 (RM LIBRARY131『出石鉄道-二千人の株主が支えた鉄道-』より)
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著者の安保彰夫さんはこれまでにも本シリーズで第38巻『図説別府鉄道』、第55巻『赤穂鉄道の発掘』、第89巻『西大寺鉄道』をご執筆されていますが、出石鉄道については1980(昭和55)年に廃線跡を偶然にもヘリコプターで飛行して以来、現地での関係者への聞き取り調査など研究を続けられておられ、1984(昭和59)年には鉄道ファン誌でその研究成果を発表されています。今回はその後に収集した写真や研究成果を交えて、その顛末と車輌についてまとめられているほか、1980(昭和55)年にヘリコプターから撮影された全線にわたる廃線跡の写真も掲載しています。
実質運行期間わずか15年という小鉄道を発掘する一冊、ぜひお手にとってご覧ください。なお、先にお知らせいたしましたように、本巻より定価を改訂させていただきました。

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▲2年前に現役を引退したものの、以前として根強い人気を誇るJR貨物高崎機関区のEF65 535号機についてもディテールを含めて詳細に紹介。

生誕以来45年の歳月を経てもなお根強い人気を持つEF65形ですが、ブルートレイン牽引機として数々の名場面を演じてきた500番代も、ついにJR東日本に所属する501号機ただ1輌を除いて事実上全廃、0番代も関東地区ではすでに見ることができなくなってしまい、JR貨物岡山機関区にわずかな仲間が残るのみとなってしまいました。こうした節目の時期にこの機関車を取り上げて、その歩みを振り返るとともに顕彰しようという本と写真展が好評を博しています。

EF65-1nn.jpgまず、本はRMモデルズ編集による「鉄道名車モデル&プロフィール」シリーズの第2弾、その名も『EF65 0&500番代』。この「鉄道名車モデル&プロフィール」シリーズは、名車と呼ばれる人気形式について1冊1形式で焦点を絞り、豊富な実物解説と写真、そしてモデル記事で構成するもので、『EF65 0&500番代』は昨年12月に発刊しご好評をいただいた第1弾『EF58』に続く満を持しての登場です。

●A4変形国際判(RMMと同じ)・全148ページ+折込付録
●定価:1,950円(税込)

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▲「乗務日誌の回想記」は実際にEF65に乗務されていた機関士さんによる回想記。一般型の寝台特急牽引など迫真の内容は必読。

誌面構成としては、まず「EF65 0・500番代 誕生・歩み・そして現在」という記事で、形式としてのあらましをおさらい。この記事は、製造次によって異なる細部外観なども詳細に解説しており、後年の改造や現在に至るまでの運用の変化などもコンパクトに解説。実はこの記事は1991年の本誌レイル・マガジン98・99号の特集記事から加筆改題の上で収録したもので、末尾2ページ半分の第7章はこの機会に書き下ろしていただきました。時を経ても実用的なアーカイブ的記事に、必要十分なアップデートを行なったもので、写真はほとんどが新規収録となっています。

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▲0番代、500番代の全機カタログは写真のみならず詳細な履歴も収録。

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▲もちろんあらゆるスケールのモデルカタログも収録。すでに市場から姿を消したモデルも含めてその歴史を振り返る。

ef65n8nn.jpgそしてブルトレブーム世代には涙なくしては見られない目玉再録記事が「最後の特急機EF65P Pの時代」。まさに東京発のブルトレ牽引機として過酷な運用に就いていた時代の同機を振り返るもので、全25輌のP型の全盛期の姿が蘇ります。538号機、539号機のP型化改造前(それぞれ元80号機、81号機)のわずか1年ほどの貴重な一般型時代の姿も見られます。さらに既刊「EF58」で好評だった全ナンバー履歴一覧は今回も全169輌を完全にフォロー。それぞれのナンバーが活き活きとブルトレや貨物、ジョイフルトレインなどを牽いた姿が見られます。また誕生から最期までの異動の履歴も明らかとなります。大多数の写真は、「EF58」の時と同様、山口貴巧さんのご協力により掲載いたしました。
▲写真展会場の「沢畔」入口に掲げられた挨拶文。P:山口貴巧
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20100509_06nn.jpgそしてまさにタイムリーに、現在その山口貴巧さんの写真展「EF65電気機関車」が開催されています。場所は埼玉県さいたま市浦和区にあるお蕎麦屋さん「沢畔」。5月にはEF58をテーマとした展示が行われていましたが、"月代わり"で今月はEF65をフィーチャー。ちなみに最終月となる来月7月は趣向を変えて「機関車モデル 16番とHO1067 ファインスケールの世界」が開催される予定だそうです。思い返せば山口さんは小誌黎明期からEF58を中心とした写真とレポートを数多くご執筆くださり、その尋常ならざる情熱は編集者としても深く胸に刻まれています。近年ではモデルの世界にシフトされ、"線路端"に立たれる機会もめっきり少なくなっているやにうかがっておりますが、かつて情熱を注がれた成果を、中学時代からのご友人とお聞きするご主人・瀬川さんの経営されるお店でゆったりと披露できるのは、長年にわたって鉄道趣味を楽しんでこられた方ならではの醍醐味と言えましょう。

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▲落ち着いた雰囲気の蕎麦司「沢畔」。EF65の写真に囲まれてゆっくりと自慢の蕎麦をいただく至福のひととき...。P:山口貴巧
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会場の蕎麦司「沢畔」は駅から少々離れてはいますが、せいろ蕎麦や蕎麦がきがおすすめの拘りのお店とのこと。梅雨の合間の一日、ゆっくりと蕎麦を味わいながらEF65華やかなりし時代に思いを馳せてみられては如何でしょうか。

■蕎麦司 沢畔こちら
埼玉県さいたま市浦和区仲町4-10-13
TEL 048-837-8723
※浦和駅西口より徒歩15分、さいたま市役所駐車場出口前
開催時間(営業時間) 11:30~14:00 17:30~20:00
写真展協賛 (株)井門コーポレーション、(株)ネコ・パブリッシング

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▲水明公園に保存されている71号。残念ながら高いフェンスと植え込みに阻まれてきれいに全景を写し込むことはできない。'10.6.4 P:宮武浩二
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東京のファンにとっても、阪神国道線と聞けば真っ先に思い浮かぶのが"金魚鉢"こと阪神71形です。第二次流電(モハ52)と同じ1937(昭和12)年に誕生した71形は、その巨大な側窓と独特の流線型の形状が"金魚鉢"のデザインを連想させたのか、後継の91形、201形を含め、いつしか"金魚鉢"が愛称となって定着してしまっています。

DSC04046nn.jpg戦前の軌道線用車輌の中でもひときわ異彩を放つこの71形は汽車会社と川崎車輌で10輌が製造されましたが、現在でも保存が確認されているのは尼崎の水明公園と蓬川公園に展示されている2輌のみです。RMライブラリー『全盛期の大阪市電』の著者で、以前「阪神甲子園パーク」の保存車に関する情報(アーカイブ「消えた"阪神甲子園パーク"の保存車」参照)もお寄せいただいた宮武浩二さんから、この2輌の近況をお送りいただきました。
▲こちらは蓬川公園に保存されている74号。かろうじて正面が見られる。'10.6.4 P:宮武浩二
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▲蓬川公園の74号のサイドビュー。幕板部まで高さのある特徴ある側窓がよくわかる。'10.6.4 P:宮武浩二
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去る6月6日に所用で出かけたついでに、阪神国道線の"金魚鉢"の保存車2輌を見てまいりました。阪神電車尼崎センタープール前駅のすぐ北側にある水明公園に71号が、そこから北西に2キロほどの場所にある蓬川公園に74号が保存されています。いずれも台車付きで、ビューゲルを除いてほぼ原型で保存されています。外観は、ヘッドライト、テールライトの他にアメリカ製のトロリーキャッチャーも健在で、大きな窓から車内をうかがうと、集会施設として整備されており、手入れも行き届いています。屋根上も特徴のあるベンチレーターなども見ることができます。2輌とも車体広告枠に阪神国道線の歴史を知ることができるよう説明版が取り付けられており、単に廃車電車の活用というだけではなく、阪神間の交通史を知ることの出来る貴重な遺産として保存されています。

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▲74号の前照灯部にはポール引き紐用の滑車が残る(左)。右は正面腰板部に取り付けられたレトリーバー。ポールが架線から外れた際の跳ね上がりを抑えるための装置。'10.6.4 P:宮武浩二
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▲ドアの開閉と連動する折り畳み式のステップ(左)と、車体裾部に残る阪神の社紋(右)。'10.6.4 P:宮武浩二
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▲トムリンソン式密着連結器を装備していたというが、残念ながらその痕跡は見られない。'10.6.4 P:宮武浩二
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74号の説明看板によると...
この阪神電車は、昭和2年7月西野田~東神戸間が開通して以来、昭和50年5月までの48年間、私達の足として長年親しまれてきたことを記念し、郷土の歴史の一環として保存、展示するものです。この電車は昭和12年2月汽車会社で生まれました。その後廃止までの38年間働いていました。その走った距離は地球を44回りした1744231㎞になります。
・体重(自重) 20.6トン
・身長(長さ) 13.90m
・高さ     3.885m
・幅      2.345m

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▲再び74号の逆側正面。屋根はついているものの、塗装はかなりくたびれてしまっている。'10.6.4 P:宮武浩二
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なお、阪国線の保存車は、ほかに大庄公園に1輌、永楽運輸という会社に2輌払い下げられたようですが、確認できませんでした。また伊丹市池尻に保存されていた79号(個人所有)は所有者の逝去で、滋賀県の方が引き取ったようですが、その後の消息はわかりません。いずれにせよ、ここにご紹介する2輌は今となっては貴重な"金魚鉢"でもあり、優雅な姿は昭和初期の良き時代をほうふつさせてくれます。

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▲浦賀寄りのデト17(M2c)。前照灯は800形のような角型のものに変更されている。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)
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京浜急行電鉄の電動貨車デト17・18に改造工事が施されました。今回の改造は、鉄道に関する技術上の基準を定める省令等の解釈基準の一部改正に従って実施されたもので、デットマン回路変更や列車無線電源回路変更が主目的となっています。また、2011(平成23)年度には1000形が全廃となる予定で、運転部門の取扱や搭載機器保守体制の問題が生じてくることから、機器全般の見直しを考慮して改造されたものです。

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▲デト18の乗務員室・荷室部分を後方から見る(左)。荷台からデト18の荷室部分を見る(右)。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)右。
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外観は、デト18に搭載のパンタグラフが菱形からシングルアーム式パンタに変更され、、デト17・18とも前照灯の形状が変更されるとともに、前面助士側にLED式の列車番号表示器が設置されています。

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▲デト18の運転台。力行5段・減速5段の右手式ワンハンドルマスコンとされている。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)
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keihindeto0004.jpg制御装置は右手式のワンハンドルマスコン(デッドマン回路変更)の回生制動式電動カム軸・界磁チョッパ方式(1500形F-ch)となり、台車はこれまでのTS-310Bからの空気ばね車体直結乾式ゴム入り円筒案内指示方式(ブレーキ片押踏面方式)のTH-1500H(K)形台車に変更されました。
さらに、ブレーキ装置は補足演算制御付回生制動併用全電気指令電磁直通制動(MBS-R)保安ブレーキ付に、補助電源装置はSIV(30KVA 60Hz AC100V)に、空気圧縮機は2000l/minの直流電動機駆動ロータリー方式(AR-2)になっています。
▲荷室の冷房装置からダクトを通じて冷風が乗務員室に送られる。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)
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▲デト18の1エンド側を見る(左)。デト17とは棒連結器で連結されている。台車はTH-1500H(K)形に履き替えられている。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)
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このほか、空調装置は冷房(スポットエアコン/冷房能力2.2kW)が乗務員室に、電気扇が乗務員室(1台)と荷室(1台)、暖房器が乗務員室(温風ヒータ×2台)と荷室(1台)に設置されています。

取材協力:京浜急行電鉄

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▲品川寄りのデト18(M1c)。パンタグラフがシングルアーム式に換装されたのが特徴。'10.6.6 京急ファインテック久里浜事業所 P:RM(伊藤真悟)
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甦った"くりでん"。

※システムの不具合で、昨晩より新規エントリーが表示できない状態が続きました。お詫びしますとともに、再アップさせていただきます。

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▲多くの報道陣の見守る中、甦ったKD95形が若柳のホームを離れる。'10.6.13 P:笹田昌宏
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2007(平成19)年3月31日をもってその運転を終了したくりはら田園鉄道は、その後も保存活用に向けた整備が進められていることは小ブログでもご紹介しておりますが(アーカイブ「くりはら田園鉄道は今...」参照)、昨日、栗原市が主催して一般公開第一弾とも言うべき「くりでん乗車会」が開催されました。

CIMG0380-2nn.jpg「くりでん乗車会」
1 目 的   鉄道史、産業技術史等からみて貴重である「くりでん」の資
産を保存・活用し観光及び地域経済の活性化を図ることを目的とする。
2 主 催  栗原市
3 日 時  平成22年6月13日(日) 午前11時30分開会
4 場 所  くりはら田園鉄道(株) 旧若柳駅
       住所:宮城県栗原市若柳字川北塚ノ越11番地
5 内 容  ・走行車輌:KD95(ディーゼル車)
       ・走行区間:旧若柳駅から片町裏信号所(石越方面)まで約500m区間を往復

▲若柳駅舎内で行われた「くりでん乗車会」出発式。'10.6.13 P:笹田昌宏
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残念ながら私はうかがえませんでしたが、くりでん保存活用検討委員会の中心メンバーとして活躍されていた岸由一郎さんの大親友であり、『あの電車を救え! 親友・岸由一郎とともに』(アーカイブ「岸由一郎さんを偲ぶ一冊」参照)をお書きになった笹田昌宏さんがお出でになり、さっそくレポートをお送りくださいましたので、ご紹介いたしましょう。

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▲見事に復元された若柳駅駅舎。「くりでん乗車会」当日は久しぶりに往時の賑わいを取り戻したかのよう。'10.6.13 P:笹田昌宏
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「くりでん乗車会」出発式は美しく甦った旧若柳駅の駅舎の中で、午前10時半から執り行われ、栗原市の佐藤市長ほかの関係者、そして故・岸由一郎君のご家族ほかの招待者が出席のもと、駅舎内でテープカットが行なわれました。

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▲木製の改札ラッチに手書きの駅名標...まるで何十年も前にタイムスリップしたかのような光景。'10.6.13 P:笹田昌宏
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駅構内はプラットホームこそ道路新設のために一部が撤去されましたが、それ以外はほぼ完全な状態で残され、展示車輌を守るための上屋と、ディーゼルカーの保守点検を行なうための車庫が新設されました。本線も片道約500mの区間で動態保存運転が行なわれることになり、終点側には「片町裏信号所」が新たに設置され、腕木式信号機やタブレット閉塞器も完全に作動状態のもと、くりでんOBの運転により列車が運転されました。

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▲往年の制服に身を包んでKD95形のハンドルを握るOBの方(左)。右は"今なお現役"の閉塞機。'10.6.13 P:笹田昌宏
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運転されたのはKD95形で、午前11時には関係者と招待者を乗せた1、2列車が往復し、午前11時半からは一般の体験乗車も始められました。駅舎の前には長蛇の列ができたため、KD95形を急きょ2連として、3、4列車の運転が行なわれました。こうした増結の対応もスムーズで、そこはさすがベテランたち、ここではすべてが現役時代に戻ったかのように錯覚させられるほどでした。

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▲乗車希望の多さに急遽2連となった列車。ホームで発車を待つ2連の姿は現役時代を彷彿させる。'10.6.13 P:笹田昌宏
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午前中の2往復の列車が到着した後は、スタッフや来場者の皆さんが構内で思い思いにくつろいでおられましたが、窓が開け放たれた駅舎の木製ベンチで多くの人が弁当を広げたり、列車を待ったりしている光景は、まさに鉄道の最盛期を思い起こさせるなものでした。構内には最晩年まで活躍した各種車輌たちが保存され、中でも木造貨車のワフ74、ト102、ト103は、現役時代の最後の姿をそのままに屋根の下で保存されていたのが印象的でした。

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▲3輌の木造貨車は屋根付きの側線でたいせつに保管されている。'10.6.13 P:笹田昌宏
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関係者の皆さんが尽力されてたどり着いた動態保存、本当に素晴らしいものとなりました。
今後もくりでんの乗車会は7~11月の毎月行なわれるとのことです。機会があればぜひ一度訪ねてみられることをおすすめしたいと思います。
なお、午後からは駒の湯温泉の岸君の遭難現場を訪れ、彼の高校時代の同級生ら計5名とともに祭壇に花を手向けて冥福をお祈りしてきました。

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ブルーリボン賞はE259系。

※現在、ブログソフトウェアの不具合により、ふたたび新規エントリーができない状況となっております。ご迷惑をお掛けします。
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▲ブルーリボン賞に決まったE259系。写真は早朝5時14分に高尾を出発し中央本線を行く「成田エクスプレス」1号。同編成は東京で大船始発の6連と併結して成田空港を目指す。'10.6.6 中央本線東小金井 P:小野雄一郎
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鉄道友の会(須田 寛会長、会員約3500名)が会員の投票をもとに決定する2010年ブルーリボン賞に、東日本旅客鉄道(JR東日本)のE259系が選ばれました。また、同時に選考される性能・デザイン・製造企画・運用などの諸点に卓越したものがあると認めた車輌に授与される2010年ローレル賞には、近畿日本鉄道の22600系が選出されました。

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▲グリーン車クロE259形(6号車)車内。2+2配列の回転リクライニングシートは本革張りで、照明は電球色の間接照明となっている。'09.9.8
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2010年ブルーリボン賞・ローレル賞にノミネートされた候補車輌は以下の9形式でした。
東日本旅客鉄道E259系、東京都交通局8800形、関東鉄道キハ5000形、富士急行1000系「富士登山電車」、西日本旅客鉄道キハ122形・キハ127形、近畿日本鉄道22600系、南海電気鉄道2230系「天空」、大阪市交通局30000系、九州旅客鉄道キハ125形400番代。
それでは、鉄道友の会が発表した選定理由を見てみましょう。

東日本旅客鉄道のE259系は、既存の253系に代わる「成田エクスプレス」専用特急車両として登場しました。成田空港アクセス輸送は、様々な交通機関がシェア獲得に凌ぎを削っています。今回の置換は、成田空港アクセスで競合するバスやマイカーとの競争力を高めるとともに、空港利用者の増加に応えるための利便性向上を図るという側面を持ち合わせています。

090908n007.jpg外観は、253系が築き上げた赤・白・黒に代表されるブランドステータスを継承しつつも、先頭部分の形状やロゴ配置を変えることによって新生N'EX(成田エクスプレスの愛称)のイメージを創出しています。快適移動空間の実現は、車両性能と車内設備の両面を向上させることによって達成しています。性能面では、乗り心地の向上を図るため、同社の新幹線で採用したフルアクティブ動揺防止制御装置を先頭車に搭載したほか、車体間ダンパ装置を装備しました。主要機器類や伝送経路は、二重系化するなどして安定輸送をより確実なものにしています。
▲E259系の特徴のひとつがWiMAX通信網を活用した無線LANによるインターネット接続サービス。ロザ・ハザを問わずトンネル区間を除いた全運転区間で利用可能。'09.9.8
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車内は、ユニバーサルデザインを積極的に採用しています。出入口と客室の間の大型荷物置場には、ダイヤル式の鍵と防犯カメラを設置し、セキュリティを高める配慮がなされています。客室内の荷物棚は、利用しやすいように取付高さを低めに設定しています。また、座席下部には250mmの空間を確保しており、足を伸ばすだけでなく荷物を置くことを想定して、暖房吹出口を従来の座席下から窓側下部に移設している点も見逃せません。客室通路天井部には、17インチワイド液晶画面の車内情報表示器を2画面並列で複数箇所に設置し、行先案内・運行情報・ニュース・フライト情報などを最大4カ国語で提供することで情報案内の充実を図っています。ビジネス利用を想定したパソコン使用の環境面では、グリーン車・普通車を問わず全席にコンセントを備え、無線LANを介したインターネット接続サービスを導入しています。
 以上のように、東日本旅客鉄道E259系は、日本を代表する国際空港と首都圏主要駅をダイレクトに結ぶ列車にふさわしい設備と性能を兼ね備えたしゃりょう車輌であり、鉄道友の会の多くの会員の支持を集めたことから、ブルーリボン賞に選定しました。

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▲ローレル賞に決まった近鉄22600系。写真は大阪難波方先頭車22601。'09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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近畿日本鉄道22600系は、標準軌路線の汎用特急車輌としては、22000系以来17年ぶりとなる新形式車です。昭和40年代から主力となっている12200系に代わる車輌と位置づけられ、2輌または4輌編成で、他車との併結も可能で、特定の運転系統に固定せず、幅広く運用されています。

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▲22801車内。たっぷりとしたシートピッチの「ゆりかご式シート」を採用。'09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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塗色は、伝統色であるオレンジとブルーのツートンカラーを継承しています。先頭部分は、22000系で採用した3次曲面のデザインを発展させ、先頭部の高さを180mm上げてさらに丸みを持たせた形状として、滑らかさとスピード感を強調しています。中央には自動開閉式プラグ扉で構成された貫通路を備え、連結した際には、車内の通り抜けが可能です。

100611n004.jpg車内設備は、快適性の向上に主眼を置いています。座席は、「アーバンライナー」の「ゆりかご式シート」を改良したもので、シートピッチ(座席の前後間隔)は1,050mmです。室内からの眺望を考慮した側窓の天地寸法は965mmとなり、21020系「アーバンライナー・ネクスト」と同じ寸法です。座席周りでは、用途に応じて使い分けが可能なように背面と肘掛部双方にテーブルを設け、近年の需要に応える携帯・モバイル用コンセントや足元空間の拡大に配慮した脚台を設置するなど、きめ細やかな心配りが見られます。また、編成内1カ所(ク22900形)に開放感のある独立した喫煙室を設け、周辺への煙や臭いの対策を施し、同時に客室部分をすべて禁煙とすることで、完全な分煙を実現しました。これらによって、長距離輸送を目的とした「アーバンライナー」や「伊勢志摩ライナー」と遜色ないサービスを提供しています。
▲開放感のある独立した喫煙室により完全な分煙を実現。'09.3.5 高安車庫 P:RM(高橋一嘉)
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22600系は、同社の広範な特急ネットワークの標準軌路線全運転系統で運用に就いています。質の高いサービスが、特定の路線や区間に偏らず、日常的に提供されることは、利用客にとっては福音といえます。
 以上のように、「全ての特急利用客に、快適な移動空間を等しく提供するという特急サービスの新たなスタンダードを確立した」という特徴が、選考委員会において高く評価されたことから、ローレル賞に選定しました。

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▲歴代のブルーリボン賞、ローレル賞受賞車輌。 (鉄道友の会提供)
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2009年以前のエントリーを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに分離いたしました。昨年以前のアーカイブをご覧になる場合は→こちらをご覧ください。現状では「検索」エンジンはリンクできておりませんので、キーワードでの検索は、ご面倒ですが、この「編集長敬白」と「編集長敬白 アーカイブ」両方で検索していただくことになります。また、「編集長敬白 アーカイブ」は現状ではモバイル対応しておりませんが、来週には改善される見込みです。なお、作業環境が著しく限定されてしまうため、今後は平日のみの更新とさせていただきますので、なにとぞ事情ご賢察のうえご了承ください。

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消える山手線E231系6扉車。

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▲4扉編成となったE231系500番代548編成。2輌目が10号車のサハE231-4600番代。205系が6扉車(サハ204-900番代)を組み込んだ際は前面に「6DOORS」のヘッドマーク、11輌編成化時は「11CARS」のステッカーが貼られて、4扉車編成と6扉車組込編成が区別できたが、今回はステッカー等の貼付はなく、前面からだと6扉車組込編成との区別はつきにくい。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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JR東日本では、利用客がホームからの転落や列車との接触など事故防止対策として、山手線へのホームドア導入に取り組んでおり、ホームドア導入にあわせてE231系500番代の6扉車(サハE230-500番代)を4扉車へ取替えはじめています。新4扉車のサハE231-600番代とサハE231-4600番代については『Rail Magazine』319号で速報を、『Rail Magazine』320号でJR東日本による解説原稿を掲載していますが、去る6月9日には4扉編成となったE231系500番代が報道公開されました。

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▲7号車に連結されるサハE231-600番代。外観はE231系500番代と基本的に変わらない。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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7号車に連結されるのがサハE231-600番代で、外観上は従来のE231系500番代とほぼ同様ですが、客室内は袖仕切板や握棒形状、荷棚がE233系に準じたものとされています。また、後位側(6号車側)の車端部に設置されている優先席部分は、握棒部分を黄色とするとともに。袖仕切板や妻面化粧板が薄い黄色とされています。ただし、E233系に見られるような床面の色分け区分はなされていません。

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▲サハE231-600番代の客室内(左)。袖仕切板や握棒形状はE231系に準じているが、客室内色調はE231系500番代に準じている。右はサハE231-600番代の優先席部分。腰掛モケットはE233系と同様で握棒も黄色に。また袖仕切板と妻面部分が薄い黄色となっている。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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一方、10号車に連結されるのがサハE231-4600番代です。側扉窓の形状がE233系と同様のものとされており、最前位側(11号車側)の側扉位置を京浜東北線車輌と合わせるため車体中央寄りに配置したことで、前位側の側窓は小窓が2つ並んでいるのが特徴です。このため座席配置も11号車側から4-5-7-7-3人掛けとなっています。客室内はE233系とほぼ同様な造りとなっていますが、一般席の腰掛モケットや吊手はE231系500番代と同様のものとされており、E231系とE233系の折衷車と言ってもよいでしょう。

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▲10号車に連結されるサハE231-4600番代。側扉窓はE233系と同様のものとされ、見た目はE233系。最前位側(11号車側)の側扉位置が車体中央寄りに配置され、前位側の側窓は小窓が2つ並ぶ。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲サハE231-4600番代の客室内(左)。出入台付近と扉部への黄色帯設置などE233系と同様な造りとなっているが、一般席の腰掛モケットや吊手はE231系500番代に準じている。サハE231-4600番代の優先席部分(右)。E233系とほとんど変わらず、妻面側の肘掛用くぼみがない程度。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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▲前位側車端の4人用腰掛(左)。2つの側窓がこれまでにない通勤型電車を印象づける。右はクハE230-500の床下に設置されたTASC車上子。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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さて、山手線にホームドアを導入するにあたり、地上のホームドアと車輌の側扉の位置が合うようにこれまで以上の停止精度で列車を停止させる必要があり、運転士のブレーキ操作をサポートする「定位置停止装置(TASC)」が導入されます(編集長敬白 アーカイブ 「山手線に可動式ホーム柵」参照)。線路上には地上子、車輌には車上子が設置されますが、4扉編成となったE231系500番代は、1号車のクハE230-500番代の床下(車輌中心よりやや2号車側)に車上子が設置されています。

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▲消えゆくサハE230-500番代。長年続いた山手線の6扉車も、来年8月予定で終了することになる。'10.6.9 東京総合車両センター P:RM(伊藤真悟)
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また、ホームドアは恵比寿駅と目黒駅が先行導入駅とされ、恵比寿駅は2010(平成22)年6月26日(土)、目黒駅は同年8月28日(土)からホームドアの使用を開始する予定です。

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▲恵比寿駅は内・外回りとも7号車・10号車部分を除いてホームドアが設置されている。'10.6.5 恵比寿 P:RM(伊藤真悟)
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すでに恵比寿駅では内・外回り(1番線・2番線)ともホームドア設置が完了し、目黒駅も内回り(1番線)の設置が完了しています。ただしE231系500番代の6扉車取替完了が2011(平成23)年8月予定となっていることから、6扉車組込編成が混在する期間は7号車と10号車部分にホームドアが設置できないため、この部分は6扉車取替が完了してからホームドアが設置されることになっています。

取材協力:JR東日本東京支社

※2009年以前のエントリーを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに分離いたしました。昨年以前のアーカイブをご覧になる場合は→こちらをご覧ください。なお、現状では「検索」エンジンはリンクできておりませんので、キーワードでの検索は、ご面倒ですが、この「編集長敬白」と「編集長敬白 アーカイブ」両方で検索していただくことになります。また、「編集長敬白 アーカイブ」は現状ではモバイル対応しておりませんが、来週には改善される見込みです。なお、作業環境が著しく限定されてしまうため、今後は平日のみの更新とさせていただきますので、なにとぞ事情ご賢察のうえご了承ください。

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ブログの不具合について。

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▲2009年以前のエントリーをまとめた「編集長敬白 アーカイブ」へのリンクバナーは毎回ここに表示される。
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ブログ・システムの不具合が続き、まことに申し訳ありません。
「編集長敬白」を立ち上げてから今月でちょうど5年。ほぼ毎日更新してきた蓄積はいつしか膨大な量となり、サーバーの割り当て領域を埋め尽くしてしまったようで、通常のプロセスでは画像のアップロードも更新も不可能となってしまいました。スタート当初は単純に1枚の画像とわずかなテキストをアップしていた小ブログですが、いつしか複数の画像、しかもポップアップやら、レイアウトやら、時には動画の組み込みやら、膨大なHTMLタグが埋め込まれることとなり(試しにブラウザの「表示」から「ソース」をクリックすると当該エントリーの"タグ"がご覧になれます)、いわばオーバーフロー状態となってしまったようです。一時は割り当て領域の拡大を図れば状況が改善すると思われましたが、事態はそれほど単純ではなく、やむなく昨年2009年以前のエントリーを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに分離し、不安定ながらも"復旧"を図ることとなりました。

現在、この「編集長敬白」は多い日には2万以上のアクセスを頂戴しており、ご覧いただいている方のなかにはIT関連のエキスパートの方も少なくありません。それだけに今回の事態にはさぞや歯痒い思いをされていることかと思いますが、"ホビダス"中の小ブログのみブログソフトウェアのバージョンを変更するわけにもゆかず、結局、対症療法で暫定復旧を行いました。

2009年以前の「編集長敬白 アーカイブ」ページのトップページのアドレスはこちらです。

http://rail.hobidas.com/blog/natori09/

または、「編集長敬白」各エントリー記事右側の「月別記事一覧」の下に設置されているバナーをクリックすることで、「編集長敬白 アーカイブ」をご覧になれます。

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それでは「編集長敬白 アーカイブ」のトップページ画面から、使い方をご説明しましょう。
① 右側の月別記事一覧をクリックすると、その月のアーカイブ記事がすべて表示されます。
② 左側の「最近の記事一覧」下の「もっと見る」をクリックすると、「月別一覧」が表示されるとともに、2009年以前の「ブログ記事一覧」が表示されます。
③ 右側「月別の記事一覧」下のバナーをクリックすると、2010年以降の記事を掲載している「編集長敬白」のトップページに飛ぶことができます。
④ 「編集長敬白 アーカイブ」では、もちろん2009年以前の記事の検索もできます。検索ボックスに検索キーワードを入れて「検索」ボタンを押すと、該当する記事がすべて表示されます。

なお、現状では「検索」エンジンはアーカイブとリンクできておりませんので、ご面倒ですが、この「編集長敬白」と「編集長敬白 アーカイブ」両方で検索していただくことになります。また、作業環境が著しく限定されてしまうため、今後は平日のみの更新とさせていただきますので、なにとぞ事情ご賢察のうえご了承ください。

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▲金剛寺隧道(332m)を出て塩川橋梁を渡る9101レ「SLやまなし」のD51 498。集煙装置天蓋はまだ閉じられており、煙は集煙胴後部から出ているのがわかる。後部補機のDE10はまだ隧道内にいる。'10.6.6 塩崎-韮崎
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集煙装置装備となったD51 498号機が本領を発揮する「SLやまなし」号(甲府~小淵沢間)運転最終日の昨日、前原さんに誘われて、ひさしぶりに甲府を訪れました。前原さんは甲府は初めてだそうで、同地で生まれ育った弊社社長・笹本も案内役に加わり、賑やかに撮影地を目指しました。

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▲慎重に望遠レンズのアングルを確認する前原さん。真夏を思わせる日差しに、思わずSPさんが日傘をさし向ける(左)。右はあっという間に一大撮影地となった塩川橋の賑わい。'10.6.6 塩崎-韮崎
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あらためて申し上げるまでもなく、先週末の首相退陣で国土交通大臣の職を辞された前原誠司さんですが、次の組閣までは"職務執行内閣"として相変わらず超ご多忙の身。しかし6月6日は夕方からの京都での会合まで何とかプライベートな時間を確保できたとのことで、昨秋の秩父鉄道(アーカイブ「前原国土交通大臣"門デフC58"を撮る」参照)以来の撮影へお出でになることに。

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▲集煙装置天蓋を開けて通常の排気状態となったD51 498が轟音とともに塩川橋梁を渡る。折しも上り線を60M「あずさ10号」が通過中。'10.6.6 塩崎-韮崎
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さて、最初の撮影ポイントは塩崎-韮崎間の塩川橋梁に決め、ポジションの確保もあって通過の一時間近く前には現地入り。すでに百人近くが集まっておられた先着のファンの皆さんからは、予期せぬ前原さんの登場にどよめきが巻き起こりました。握手に記念撮影にと快く応じられる前原さんに、あらためて同じ"仲間"としての共感が広がっていったのは言うまでもありません。

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▲うまくゆけば富士山バックの作品がモノにできるとあって大人気だった「三峰の丘」展望台から。実はうっすらと富士山が見えていたのだが、立ち上がった煙に隠れて見えなくなってしまった。'10.6.6 長坂-小淵沢
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どちらかというと正面がちのアングルがお好きな前原さんは、金剛寺隧道を出て橋梁にかかるD51 498を望遠レンズでぐっと引きつけて撮る算段らしく、しきりにアングルを微調整されています。この日は快晴。朝10時前とはいえ気温はぐんぐんと上昇し、塩川橋の現場はまるで真夏のようなありさまに...。

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▲多くのファンに交じって「三峰の丘」で撮影する前原さん(右)。後補機DE10 1698の力を借りても、連続する25‰勾配に"重装備"D51もさすがに苦しそう。'10.6.6 長坂-小淵沢
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100606n008.jpg続いて長坂-小淵沢間の景勝地「三峰の丘」へ。晴れれば背後に富士山が入るとあって人気のポイントですが、気温の急上昇とともに"富士バック"は望み薄に。それでも通過時刻前にうっすらと山頂が冠雪した富士山が姿を現わし、これは吉兆と思いきや、D51の煙がかえって仇となってしまうというお粗末。それでもひさしぶりに耳にするブラスト音と煙の匂いに、前原さんもつかの間のリフレッシュを堪能されたようでした。
▲小淵沢に到着するや、たいへんな人だかりに...。プライベートとはいえ、握手に記念撮影にと大忙し。'10.6.6 小淵沢
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ちなみに前原さん、撮影後はただちに塩尻経由で名古屋に抜け、「のぞみ」で京都へ向かうというハードスケジュールで、さらに驚くべきは、夜は京都のご自宅に戻られるのかと思いきや、当日中に東京へ引き返されるとのこと。その超人的なスケジュールには言葉がありませんでした。

※システムの不具合が続いており申し訳ありません。応急処置として2009年以前のアーカイブを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに移設し仮復旧を図る予定でしたが、いまだに予想外の不具合が続いております。現在、2009年以前のアーカイブの一部を表示できなくなっており、システム担当者が対応中です。依然として不安定な状態での試験的なアップロードですので、事情ご賢察のうえ、あしからずご了承ください。

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253系初代N'EXは長野電鉄に。

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6月30日の営業運転を最後に、19年間にわたって活躍を続けた「成田エクスプレス」運用を離れる253系(アーカイブ「253系まもなく"成田エクスプレス"を引退」参照)ですが、なんとそのうちの2編成6輌が長野電鉄に譲渡されることとなりました。
▲今月一杯でその姿が見られなくなってしまう253系による「成田エクスプレス」。'10.5.30 総武本線佐倉―物井 P:宍倉隆文 (「今日の一枚」より)
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長野電鉄では、この253系2編成をワンマン運転仕様に改造し、来年2011(平成23)年春には長野―湯田中間を結ぶ特急車輌として就役させる計画です。ご存じのように現在、長野-湯田中間の特急運用には、もと小田急電鉄10000形の1000形2編成と長電生え抜きの2000系(2編成)が入るシフトとなっています。このため、253系就役後は1000形と253系がもっぱら特急運用をこなすかたちとなり、2000系は特急運用から遠ざかるものと思われます。いずれにせよ、思わぬ地で第二の人生(?)を送ることとなった初代空港アクセス車輌253系。今度はリンゴの花に囲まれて、温泉客を運ぶこととなります。

※システムの不具合で長らく更新が滞ってしまい申し訳ありません。応急処置として2009年以前のアーカイブを「編集長敬白 アーカイブ」として別アドレスに移設し仮復旧を図る予定でしたが、予想外の不具合が発生して難航しております。現在2009年以前のアーカイブを検索できなくなっており、システム担当者が対応中です。本日は検証のため試験的にアップロードいたしましたが、復旧は来週月曜日(6月7日)以降になるとの連絡が入っております。たいへん恐縮ですが、事情ご賢察のうえ、あしからずご了承ください。

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