鉄道ホビダス

2010年4月12日アーカイブ

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▲灰野谷に架かる灰野橋。1993(平成5)年に鋼橋に架け替えられたこの橋梁は、かつての森林鉄道1級線を思わせる立派なもの。'10.3.22
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研究林事務所から2キロほど、植林された北山杉の森がトチやブナの原生林に変わる辺りで、軌道はわずかに開けた場所に出ます。ポイントと側線も残されており、周囲の法面には古色蒼然とした石積みも見られます。ここがかつて由良川最上流の灰野集落の跡です。

100411n206.jpg灰野は1638(寛永15)年に山番が派遣されたのを端緒に、翌年には12人が定住、さらに奥地の七瀬・中山にも木地師が居住していた記録があるそうです。最盛期の灰野には8軒の民家があり、旅人相手の宿もあって、現在も芦生集落に残っている松上げや盆踊りが盛大に行われていたといいます。由良川最上流の集落であった灰野が廃村となったのは1960(昭和35)年、現在では祠が残るのみで住居の痕跡は見ることができません。
▲灰野には側線が残されている。集落が廃村となったのちも、長らく集材の拠点として利用されていた名残だ。'10.3.22
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▲灰野橋を渡ると小さな鳥居と祠がある。かつて灰野集落の守り神として祀られたこの祠は、現在でも研究林の方々に大事にされており、トチやミズナラの森の中に静かに佇んでいる。'10.3.22
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100411n197.jpg灰野谷の出合に架かる灰野橋を挟んで、わずかに開けたこの土地にかつては灰野の集落があったのです。ここから材が出されたこともあったそうで、静まり返った森の中で耳を澄ますと、往年の賑わいがかすかに聞こえてくるようでもあります。
軌道はこの灰野まではきれいに整備されていますが、灰野橋から先は次第に荒廃の度を増してきます。枕木も木製のものとなり、ところどころには崩落も見られるようになってきて。本格的な山歩きの覚悟が必要となってきます。

▲さらに奥へと進むと森は原生林の様相を呈してくる。巨木に抱かれるように軌道は続く。'10.3.22
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▲由良川起点を示す標識(左)。灰野から1キロほど、赤崎谷出合で軌道が崩落しており、ここで折り返すことにする(右)。'10.3.22
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そして赤崎西谷と赤崎東谷の出合で橋梁が崩落してついに進めなくなってしまいました。どうもトレッキングの方用に手前から迂回路が設定されていたようですが、時間的な問題もあって、今回は深追いはやめてここで引き返すことにしました。

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▲鬱蒼とした芦生の森を出て事務所へと戻る。未舗装の併用軌道を地元のワンくんが嬉しそうに散歩をしていた。'10.3.22
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わずか3時間ほどの散策でしたが、収獲は想像以上、たっぷりと早春の森林鉄道、しかも"廃線"ではなく"現役"の森林鉄道を堪能することができました。いつの日か、あの屋台機関車がこの芦生森林鉄道を行く姿をこの目で見てみたいものと思いつつ、芦生の森をあとにしたのでした。

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