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C61 20 先輪振り替えの謎。

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先日の「C61 20の細部を見る」第4回で「今回の観察で判明したのが先台車第2軸の車輪の素性です。C59戦前型のものと思われる丸穴ウエップ付車輪ですが、打刻が読み取れ、C60 9のものであることが判りました。C60 9号機はC59 46号機をハドソン化改造したものですから、もともとはC59 46(1942年川崎製・1954年姫路二区廃車)の車輪ということになります。C60 9号機は"ヨン・サン・トオ"に際して1968(昭和43)年9月30日付けで盛岡機関区で廃車されており、はたまたC61 20はその翌年1969(昭和44)年9月12日に土崎工場を全検出場していますから、この際に振り替えられたものと思われます」と記しましたが、どうやらそれほど単純ではなさそうな事態となってまいりました。
▲土崎工場留置線で解体を待つC60 9。確かに第2先輪が丸穴ウエップ付車輪であることがわかる。'68.10 国鉄土崎工場特設留置線 P: 土方博生
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まずは土方博生さんからお送りいただいたお便りをご紹介いたしましょう。
「1月26日編集長敬白、C61 20の細部を見る(4)の第2先輪の件ですが、多少でも参考になればと思いご送付申し上げます。「よんさんとう」明けのC60 9の土崎工場留置写真です。これを見ても第1先輪はプレートですが、第2はウエップ付であることが解ります。C60、8及び10も同様になっております」。
1968(昭和43)年10月に撮影されたという土方さんの写真を拝見すると、1969(昭和44)年の土崎工場全検時に振り替えられたとする私の仮説が証明されたように思えますが、実はその後、意外な事実が判明したのです。

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▲1966(昭和41)年時点ですでに第2先輪が丸穴ウエップ付に振り替えられていることを示す写真。フロントデッキの手すりなど現状と異なるディテールにも注目。'66.8.6 盛岡 P:坂内定比古
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なんとこれより前、1966(昭和41)年時点で、20号機の第2先輪がウエップ付となっていることを示す"証拠写真"が出てきたのです。1966(昭和41)年8月に坂内定比古さんが盛岡で撮影されたもので、角度的にわかりにくいものの、拡大してみると明らかに第2先輪がウエップ付であることが知れます。さらにあらためて皆さんからお送りいただいた写真を調べてみると、ほかにもこの時期にすでに振り替えられていることを示す写真が数葉発見されました。

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▲そのバックビュー。仙台運転所時代の同機の後部前照灯はなぜかこのような低い位置に取り付けられていた。ちなみに15号機の同時期も同様であったことが写真で確認されている。'66.8.6 盛岡 P:坂内定比古
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さらに『国鉄時代』の記事(未掲載)の中では、仙台機関区OBの方から「昭和37~38年頃、C61 15が主動輪の軸受と先台車がひどい焼付きを起こし、長町に臨時修繕に入れたが、動輪軸箱はすぐに手配できたものの先台車はどうにもならず、ちょうど甲修繕で郡山工場に入場中のC61 20のものを回してもらい、20号機は廃車のC59のものを再利用した」との証言が出てきています。だとすると坂内さんがお撮りになった時点での第2先輪はC59のものなのか、ではなぜ「C60 9」の打刻が残されているのか、さらに土方さんがお撮りになった土崎工場のC60 9の第2先輪は...と、ますます謎は深まるばかりです。

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