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2008年08月05日

武庫川線…もうひとつの定点観測。

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▲洲崎駅(堤防とは反対側にホームが1本あっただけ)のほぼ真向かいの堤防上から見た武庫川線で、882単行が3線区間をやって来る。堤防上の道路は未舗装、線路も木製の架線柱が傾いているくらいだが、架線はコンパウンドカテナリーだった。’65.12.31 P:小西和之
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▲松の木が残っていれば目印になるだろうと思い、旧写真をもって定点写真を撮ろうと昨年暮れに再訪した。運良く松の木は同じ場所に同じ形で残っており、この上ない目印になったが、堤防の法面は埋められて道路が拡幅され、高い金網フェンスも立てられて同じ地点から線路を入れて写真を撮ることはできなかった。踏切へ下りる階段の部分からなんとか線路を入れて撮ったが、旧写真より架線柱1本分くらい松の木に近いと思われる。42年たっても松の木の変わらなさには驚かされた。当時使ったカメラと同じ焦点距離にして撮影。’07.11.30 P:小西和之
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一昨日も古村 誠さんからお寄せいただいた定点観測をご紹介した阪神武庫川線ですが、またしても見事な定点観測のお便りを頂戴しました。お送りくださったのはトワイライトゾ~ン・マニュアルでもお馴染みの小西和之さんです。まずはお便りをご紹介してみましょう。

080805n4.jpg「編集長敬白」で紹介されていました澤田節夫さんの阪神武庫川線・武庫川車輌の件、楽しく見させていただきました。私も澤田さんと同じ1965年の暮れに同じ場所を訪問しており、42年後の昨年暮れに今はどうなっているかと再訪してみました。澤田さんと重複するような写真は割愛しましたが、当時、甲子園口まで歩いた狭軌の線路には、沿線の家が建増してレールの上まで家屋が張り出していたりして(もちろん不法建築、残念ながらその写真は撮っていませんが、レールの上に家が建っているさまは異様でした)、今では考えられない情景でした。
▲狭軌レールの最先端部分はY字型に分かれて途切れていた。その部分に珍しくTHYSSEN 1926の刻印のあるレールが使われていた。当時はレールにはさほど興味がなかったが、THYSSENが珍しく写真に撮った。この線の建設時期からみて、どこかの線で15年余り使われた後、ここに敷設されたと思われる。このメーカーのレールには珍しく、仕向け先など一切刻印されておらず、どこで使われていたものかは今もって不明。’65.12.31 P:小西和之
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▲武庫川車輌の凸型入換車。大晦日なので工場建屋の扉はすべて閉まっており、敷地外からトタン塀越しに撮影。バックの空地には今は武庫川団地の高層アパートが立ち並んでいるが、当時は荒涼とした空地が広がっているだけだった。工場入口で標準軌と狭軌が分かれ、標準軌は川沿いにまっすぐ武庫川車輌へ、狭軌は右手へ分かれ、現在の武庫川団地駅あたりまで伸びて、そこでプッツリ途切れていた。現在の武庫川線はこの狭軌線の跡をそのまま利用していて、武庫川団地駅もちょうど線路が途切れていたところにある。武庫川車輌の工場跡地には分譲住宅が並んでおり、現在ではこんな工場があった痕跡はまったく残っていない。’65.12.31 P:小西和之
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昨年暮れに同じ区間を歩きましたが、線路跡は武庫川駅に近い部分のごく一部を除き阪神不動産の分譲住宅になっていて、路盤幅(複線分あったようです)をほぼ正方形くらいに区切った敷地に同じような住宅が延々と続いています。

080805n6.jpg武庫川大橋の駅部分は鉄道用地が広くなっていたため、ここだけは住宅の並び方が異なり、数本の行き止まりの私道を含む広い宅地に変貌しています。国道からホームに降りる階段は完全に消滅し、線路を跨いでいた国道の橋さえも埋められて国道も拡幅され、跡形もありませんでした。武庫川大橋から北は浄水場のような施設に取り込まれて路盤跡は消えますが、その施設の北にある水路の線路跡の延長部分と思われる地点には、かさ上げされた浄水場のコンクリート擁壁に突き当たって行き止まりになった古いコンクリート橋があります。たぶん線路跡だと思いますが、確証は得られませんでした。線路跡が武庫川から離れて直角に曲がり、東海道本線と合流する部分の三角形部にはマンションが建設中で、建設公告看板に描かれた敷地境界は見事な曲線を描いており、線路跡をしのばせます。
▲東海道本線・甲子園口から分岐してきた専用線が南へ直角に曲がって武庫川沿いになる部分にはマンション建設の公告看板が立っていた。その三角形の敷地境界は線路跡そのもの。上を左右に走るのが東海道本線、右が武庫川。’07.11.30 P:小西和之
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▲ついでに阪神国道線の「金魚鉢」92号も。大晦日とはいえ、国道2号はこんなにがら空きだった。電車にも乗客がほとんど見えない。武庫大橋 ’65.12.31 P:小西和之
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それにしても期せずしてこれほど多くの皆さんが武庫川線と接続する専用線に興味を抱き、ほぼ同時期に定点観測までされていたとは、本当に驚きです。恐らくこれは武庫川線固有の事象ではなく、各地で恒常的に同様の遺構探訪や定点観測が行なわれているはずで、それはとりもなおさず、わが国の鉄道趣味の奥深さを物語っているとも称せましょう。

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投稿者 名取紀之 : 2008年08月05日 16:20

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