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2008年08月02日

武庫川線専用線区間の現状は…。

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▲西宮駅ホームから甲子園口方向をのぞむ。画面右手の側線は現在でも使われているが、かつてはこの先に武庫川の専用線がのびていたはず。'08.7 P:古村 誠
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6月23日から3回にわたってご紹介し(アーカイブ「43年前の武庫川線と武庫川車輌」参照)、また直後に「武庫川線アンソロジー」と題して定点観測をご紹介した阪神武庫川線ですが、アンソロジーをお送りいただいた茨城県の古村 誠さんが、その後7月6日と22日の2回にわたって現地を再訪されたとのことで、最新画像をお送りいただきました。

080802n6.jpg古村さんが今回撮影されたのは甲子園口(西宮)からかつての国道線との接続駅・武庫大橋までの、いわば専用線区間。戦時中に現在の武庫川団地付近にあった川西航空機に人員・物資を送り込むために建設されたもので、当然ながらゲージは3’6”。武庫大橋からは阪神車輌が走る関係で三線軌条となっていたのはこれまでにご紹介してきたとおりです。
▲専用線は西宮-甲子園口間は東海道本線と並行しており、現在でもその名残を見ることができる。写真は車窓から見た西宮駅から200mほど甲子園口方に残る鉄橋の桁。'08.7 P:古村 誠
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▲上の橋梁を地上南側から見たところ。一見するとまだ使われている桁のようにも見える。'08.7 P:古村 誠
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▲さらに50mほど行ったところにも別の橋梁が残されている。もちろん線路はすでに撤去されてしまっているが、桁には製造銘板が残されているのが見てとれる。'08.7 P:古村 誠
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「43年前の武庫川線と武庫川車輌」および本誌最新号でご紹介した澤田節夫さんの写真と地図に照らし合わせてご覧いただくと、見事な定点観測となっていることがおわかりいただけるかと思います。

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▲「編集長敬白」および本誌最新号の「トワイライトゾ~ン」でもご紹介した1964(昭和39)年撮影の澤田節夫さんの写真(地点①)と同アングルの現在。'08.7 P:古村 誠
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西宮から東海道本線に並行していた専用線の橋梁が今もって残されているのは嬉しい限りですが、甲子園口での分岐部はまさにマンション建設が始まるところで、もう少し遅ければこれほど鮮明な定点観測は残せなかったに違いありません。

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▲同じく地点①を南側から見た状況。ちょうどマンション建設工事がスタートするところで、数ヶ月後には辺りは激変しているものと思われる。'08.7 P:古村 誠

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▲武庫大橋駅手前、地点④の現状。本誌155ページ下段真中の写真と同アングルの定点撮影である。左を武庫川堤防、右を排水機場に挟まれた場所で、再開発も困難なのか当時の面影を色濃く残している。'08.7 P:古村 誠

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▲かつての武庫大橋駅付近(地点⑥)から南方武庫川方面を見る。この辺りはすっかり再開発されて線路のカーブどおりに住宅が建ち並んでいる。'08.7 P:古村 誠

「使用休止後50年以上残っていたこれらの遺構ですが、再開発の波は着実に押し寄せており、見られるのもあとしばらくと思います。使用休止からの年月が私の年齢と重なることもあり、感慨深いものがありました」と古村さん。かさねがさねありがとうございました。

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投稿者 名取紀之 : 2008年08月02日 09:51

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