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2008年05月12日
前原さんと磐越西線へゆく。(下)
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▲長い発車汽笛を吹鳴して日出谷駅を発車、盛大なブラスト音とともに阿賀野川当麻橋梁を渡る8233レ。'08.5.10 日出谷−鹿瀬
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10日は早朝5時過ぎに『国鉄時代』担当の山下がレンタカーを借り出してきて、まずは新津へ。新津運輸区に小野区長を表敬訪問したのち、本誌288号('07年9月号)の撮影ガイドを執筆していただいた矢野登志樹さんの先導でいよいよ撮影地へと向かいます。
前日の天気予報で心配された雨はまったく降っておらず、むしろ高曇りの蒸機撮影にはもってこいの空模様ですが、気温は5月とは思えないほど低く、ジャケットを着ても身震いするほど。何を勘違いしたのか半そでだけで現地入りしてしまった山下はかなり寒そうです。ただ、これも被写体が蒸機とあれば天恵で、新緑のこの季節にはなかなか目にすることのできない白煙が期待できそうです。
▲いよいよ8233レの通過が迫る。愛用のカメラを構える前原さんにも緊張が走る。'08.5.10 日出谷−鹿瀬
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▲多くのファンが見守る中、平瀬隧道に向けてダッシュしてゆく8233レ。この時季としては異例の低温だっただけに白煙が綺麗に流れる。'08.5.10 日出谷−鹿瀬
実際、ちょうど田植えが終わったばかりの山里と、まさに“山笑う”という表現がぴったりの萌えるような新緑の山々、そして彼方の残雪の飯豊山とたなびく白煙という願ってもない組み合わせに、多少の寒さは吹き飛ぶ思いでした。
それにしても前原さんのC55・C57に対する思い入れとその知識の深さには改めて恐れ入ります。車内で私と山下が次号の国鉄時代に登場予定のC55 11の話をしていると、「あぁ、大分から若松に転じた試作変形門デフ装備機ですよね」と当意即妙の反応。かつて民主党代表に就任された時に小ブログで“形式ではなく個々の番号で語れる方”とご紹介したことがありますが、まさにその通り、いやそれ以上です。
▲本誌でもお馴染みのプロカメラマンの荒川好夫さん(左)と並んでカメラを構える前原さん。'08.5.10
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▲平瀬集落付近の水田はゴールデンウィークに田植えが行なわれ、可愛らしい苗が水面から顔をのぞかせている。まさに日本の原風景を象徴するような情景がいたるところに展開している。'08.5.10 鹿瀬−日出谷
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すでに撮影地でも前原さんはファンとして知られているようで、あちらこちらから「あ、前原さんが来ている」と声が掛かっていました。普段は国会で激論を戦わせている方が、プライベートの時間は穏やかな表情で皆と一緒に線路端でカメラを構えている、その姿は、“趣味”の大切さを改めて知らしめてくれるようでもありました。
8233レの日出谷発車を見送って一目散に新潟駅へと取って返し、上越新幹線(もちろん普通車)車内で地ビール「えちごビール」で乾杯、今日一日の成果を語り合いましたが、久しぶりの“オフ”の24時間に前原さんも大満足のご様子でした。とはいうものの、ご一緒していると携帯電話の鳴る回数の多いこと多いこと。それだけ見ていても如何にたいへんなお仕事かが察せられます。ちなみに前原さんの携帯の“着メロ”は蒸機ファンには涙モノの「客車チャイム」。あのタタタタ、タタタン…というメロディーが国会内にも流れていると思うとちょっと微笑ましくもあります。
▲昼食に立ち寄った山都のお蕎麦屋さん「やまびこ」では近所の人たちまで駆けつけてたちまち記念撮影大会…。'08.5.10
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今日いただいたメールには「とても楽しく、充実した一泊二日の撮影行でした。磐越西線沿線は、日本の原風景のようなところで、すっかり気に入りました。新緑も、とても目に新鮮でした」とあります。またいつの日か、線路端で一緒にカメラを構えられるのを楽しみにしたいと思います。
投稿者 名取紀之 : 2008年05月12日 09:21

