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2008年05月11日
前原さんと磐越西線へゆく。(上)
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▲喜多方を出ると慶徳隧道までの2キロあまりは11.4‰の上り勾配が続く。会津若松から新潟方面に向かう下り列車に対してはほとんど唯一の上り勾配らしい上り勾配だ。'08.5.10 喜多方−山都(8233レ)
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昨年10月には信越本線のC57にご一緒した(アーカイブ「前原さんと「門デフ」C57を撮りにゆく」参照)民主党副代表の前原誠司さんから、この春は磐越西線でヘッドマークなしの「門デフ」C57が走るそうで是非とも撮りにゆきたいのですが…と連絡を頂いたのは運転予定が発表になった直後のことでした。
ただ、超がいくつ付いても足りないほど超多忙な前原さんだけに、なかなかチャンスがなく、「門デフ」での運転最終日前日の5月10日であれば…ということになったのは、東京の桜もすっかり散ってしまった頃のことでした。しかも何としてでも10日中に選挙区でもある地元・京都に戻らねばならないとのこと。ハードなスケジュールですが、アテンド役の『国鉄時代』担当の山下が綿密に計画を練り、前夜に新潟入りして早朝からレンタカーでご案内することにしました。
▲日出谷駅下り方の阿賀野川当麻橋梁を見下ろす“お立ち台”で列車を待つ前原さん。'08.5.10
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▲磐越西線沿線の田圃は先日の連休あたりから水が入れられて田植えがは始まっている。そこかしこで水鏡に映る「門デフ」の姿を目にすることができた。'08.5.10 上野尻−野沢
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9日夕方、東京駅でおちあい新幹線で新潟へ。新潟・古町の鮨屋でまずは3人で前夜祭。気分良く歩いて万代橋を渡り、途中のコンビニで仕入れた新潟名物“やきそばイタリアン”と缶ビールをホテルの部屋に持ち込んでお決まりの二次会…この辺はいつまで経っても学生時代のパターンそのものです。
ところで、ヘッドマークが付いていない姿をと仰っておられた前原さんにとってはショックな事態が発生してしまっていました。5月3日に「SLばんえつ物語号」の乗車が50万人を突破し、同日より記念ヘッドマークが掲出されることになったのです。前原さんには直後にこの情報をお知らせしましたが、ようやく捻出した休みでもあるしと、マークの有無に関わらず決行することとなりました。うかがったところでは、前原さんは一度遊説の合間に新津駅で“駅撮り”はしたことはあるものの、本格的に磐越西線の“走り”を狙うのは初めてだそうです。
▲"門デフ”も残すところ一日だけとあって沿線には多くのファンの姿が見受けられた。談笑しているのは会津善和さんとRGGの荒川好夫さん。'08.5.10
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▲実川橋梁を渡って豊美へと向かう8226レ。実川島踏切からの撮影で、写真としては埒もないが、実はかつて日出谷駅を起点としていた実川馬車軌道(アーカイブ「徳沢・日出谷…有名撮影地の知られざる軌道」参照)がここまで並行していたはずの曰くあるポイント。'08.5.10
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ちなみに撮影するファンの側からは敬遠されがちなヘッドマークですが、やはり営業的には不可欠なアイテムのようで、「門デフ」の仕掛け人のお一人でもある新津運輸区の小野英晴区長のお話では、マークを取り付けない日は記念写真を撮りたいファミリー乗客の皆さんからはすこぶる評判が良くないそうです。1999年の運行開始から10年目にして達成した50万人。15年目、20年目、そして100万人、200万人と成長してゆくためにはヘッドマークは大きな使命を担っているのです。
投稿者 名取紀之 : 2008年05月11日 20:37


