「吊掛讃歌」第2集が完成。
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▲吊掛時代の東急の掉尾を飾る名優たち。電気機関車や荷物電車も顔をのぞかせている。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』より)
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ちょうど一年前に第1集を刊行した片野正巳さんの『吊掛讃歌』第2集が完成いたしました。2002(平成14)年2月号から『RM MODELS』で連載を続けている片野さんの「吊掛讃歌」はすでに70回を超す人気連載となっており、現在発売中の3月号では「70系登場」と題して、横須賀線と関西緩行線に投入当初の70系電車を、独特の味わい深いCGで再現しておられます。
さて、第1集は京王帝都、京成、京浜急行と関東大手私鉄3社で構成いたしましたが、この第2集は東京急行、帝都高速度交通営団、大阪市交、阪神電鉄と東西あい見えるラインナップとなっています。また、タイトルも片野さんがかねてより提唱されている“大人のための電車絵本”といったコンセプトをより鮮明に浮かび上がらせるべく、『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』とし、貴重な実車写真もふんだんに盛り込んでおります。
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▲のちに統合されて営団となる東京地下鉄道と東京高速鉄道の俊英たち。塗色の再現への拘りも片野さんならでは。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』より)
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今回の誌面を飾る顔ぶれは、東京急行電鉄(東京横浜電鉄・目蒲電鉄)がデハ1からデハ3800、帝都高速度交通営団(東京地下鉄道、東京高速鉄道)が1000形から900形、大阪市営地下鉄(大阪市営高速度線)が100形から400形、阪神電気鉄道が1形から881形で、東急編には玉電、阪神編には国道線といった路面電車の仲間も加えられています。また、巻末にはNゲージャーの皆さんの参考にと、掲載全車種の150分の1縮小図も採録しております。
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▲大阪市営高速度線の面々。コバルトブルーとクリームの明るい塗り分けに、屋根と側扉が白銀色という明快な塗色は、市電に色見本電車を走らせて決めた(RMライブラリー56『万博前夜の大阪市営地下鉄』参照)という。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』より)
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▲軌道線としてスタートをきった阪神の木造車は個性派揃い。「細部にいたるまで凝った造りは関東の木造車の及ぶところではないと舌を巻きます」と片野さん。(『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』より)
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昨年の第1集完成時にもこのブログでご紹介申し上げましたが(→こちら)、ちょうど10年前、御年66歳でコンピュータ・ドロゥイングによる車輌イラストを独学で始め、今日まで信じられないほどのピッチで描き続けている片野さんのパワーには改めて圧倒させる思いです。ちなみに、表題に反する営団300形以降の高性能電車もラインナップに加えたのは、「いまや思い出の彼方へ走り去った吊掛電車たちに郷愁を覚えながら高性能車も否定できないのがファンの心情」、「掟を破って高性能電車のさきがけとなった地下鉄丸ノ内線の車輌たちも取り上げたのは、気がつけば目の前から消え去り、今はアルゼンチンで活躍する彼らのけなげな姿を残しておきたかったに他なりません」(あとがきより)とのこと。いかにも電車をこよなく愛し続ける片野さんらしい心配りです。
■『昭和電車絵巻 吊掛讃歌2』
A4変形・100ページ
定価:2000円

現在、流山糧秣廠跡はイトーヨーカドーや学校用地となって当時を偲ぶことはほとんどできません。ただ、流山市はこういった地域遺産の発掘にたいへん積極的で、流山市立博物館から調査研究報告として『流山糧秣廠』(1996年)が発行されております。余談ながら、同じ流山市立博物館調査研究報告『懐かしの流山 −写真でみる日々の暮らし−』(1998年)では、市内の派川利根川改修工事の軌道なども極めて専門的な解説を付して紹介しており、その取り組みには頭が下がる思いです。同市には『総武流山電鉄の話 「町民鉄道」の60年』など数々の千葉県郷土史出版でも知られる崙書房もあり、その面では実に恵まれた土地柄といえるのかもしれません。










お楽しみいただいているRMライブラリー、今月発売の第102巻は、橋本正夫さんによる『玉野市電気鉄道』です。路面電車ではない「市電」として知られるこの路線は、1953(昭和28)年の開業当初は備南電気鉄道という民営の電気鉄道でした。最初の路線は終戦により放棄された宇野駅から三井造船への専用線予定地を活用した宇野〜玉間3.5kmでしたが、この会社は宇野〜水島間31.4kmという遠大な延長計画を立てていたそうで、途中、備前赤崎で今はなき下津井電鉄と交差する計画でした。しかし、備南電鉄の経営は厳しく、玉〜三井造船所前(旧玉駅を改称)間わずか0.2kmを延伸したのみで会社は解散、鉄道事業は地元玉野市に引き継がれました。こうして、路面電車ではない市営の電気鉄道が誕生することになったのです。










