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2007年12月19日
『国鉄時代』vol.12まもなく発売。 動画付き

▲巻頭を飾るのは成田冬紀さんの「雪の常紋越え」。遠軽区の9600が補機として活躍していた最後の時代を追った迫真のドキュメント。(『国鉄時代』vol.12誌面より)
年4回の発行を首を長くしてお待ちの方も少なくない『国鉄時代』最新号(vol.12)が間もなく発売です。季節はまさに冬、独立創刊第2号となる今号は「雪と闘う」をテーマにお送りいたします。
巻頭の「雪の常紋越え」は9600が補機として、列車の前後に活躍していた時代を中心に、厳寒の峠で繰り広げられた名シーンを集めました。現在もなおDD51のプッシュ・プルによる貨物列車が走り、DLファンには「聖地」と呼ばれていますが、−20℃を下回る寒気の中、天を覆うばかりの煙を噴き上げ峠に挑む蒸機の姿は、さらに胸を打つものがあります。道東の人煙稀な山中で展開した壮大なドラマをお楽しみください。
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▲「特雪とともに過ごした2日間」のサブタイトルが付けられた川本紘義さんの「飯山線キマロキ撮影記」は1968(昭和43)年1月の記録。(『国鉄時代』vol.12誌面より)
「雪と闘う」と言えば、やはり除雪列車。表紙の写真は今秋津南町で行われた飯山線座談会にもご出席いただいた元・飯山機関区機関士の鈴木昭平さんの撮影されたものです。「一里一尺」、つまり4㎞進むごとに30㎝あまりも雪が深くなる飯山線では、沿線の生命線を守るため冬季は頻繁に除雪列車が走りますが、その白眉「キマロキ」に2日間同乗して撮影した川本紘義さんの写真には、壮絶な光景がとどめられています。それにしてもレイルファンを添乗させてくれたのですから、なんとおおらかな時代でしょうか。

その飯山線に軽い気持ちで雪見に行ったら、「三八豪雪」以来の大雪となり、天地すら定かではなくなった白一色の世界で撮影をすることになってしまったのが中島正樹さん。「豪雪の越後路を行く」では、雪で孤立する寸前の十日町でのC56の鬼気迫る活躍ぶりが記録されています。
▲1966(昭和41)年正月、ラッセルが切り拓いた白一色の世界を、文字通りの雪だるまと化したC56 131が這うように進む。(『国鉄時代』vol.12誌面より)
ところで飯山線のC56はネットを付けた独特の形態の「つらら落とし」を装備していますが、その「つらら落とし」にまつわる秘話にC56研究家の塚本和也さんが迫ります。こちらも必見です。

北海道の北の果て、宗谷本線・天北線の記録「氷雪の道」では、C55・9600が凍てついた鉄路で壮絶な姿を見せます。花輪線龍ヶ森の8620三重連、山田線区堺峠のC58、雪解けの米坂線、只見線、播但線雪のC57三重連、舞鶴線白鳥峠など、根釧原野のC58など、雪が作り出した檜舞台での名シーンが誌面狭しと展開いたします。
▲堤防で囲まれた「輪中」が織り成す濃尾平野の風景。その雄大な風景の中を行くのは名古屋区のC55やC51たち。1950年代の貴重な記録である。(『国鉄時代』vol.12誌面より)
また、特集外でもC51・C55・D50などスポーク動輪機が行き交った昭和30年代の関西本線名古屋口の記録「濃尾平野の風景」、東海道本線伊吹山麓でのEF58急行「銀河」、吾妻線で最後の活躍をするEF12、国鉄末期の男鹿線 DD51+20系「おが」を始め、レイルファン秘蔵の写真で構成いたしました。
特別付録DVDでは松浦線・越美北線のお召列車、八高線のD51、山陰本線保津峡のC57・D51、日豊本線立石峠のD60補機、北海道 私鉄・専用線の蒸気機関車の5本立て。八高線のD51を記録した「驀進」では、キャブ添乗など機関士である作者ならではの視点による緊迫感溢れる作品です。また北海道の私鉄・専用線の蒸気機関車では上芦別の9200や北炭真谷地の8100、美唄鉄道の4110などがカラー同時録音で甦ります。
今週末には全国書店でお求めいただけるはずです。ぜひ本誌ともどもお買い求めください。
なお、今回もこのブログをご覧いただいている皆さんにサンプル動画をご用意いたしました。上のDVDパッケージ画像(※Pケースは付録していません)をクリックすると再生が始まります。師走の慌しい中ではありますが、一息ついて『国鉄時代』であの時代への旅にお出掛けください。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。
投稿者 名取紀之 : 2007年12月19日 12:23

