魚梁瀬森林鉄道の保存機たち。(上)
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▲魚梁瀬の車庫に勢ぞろいした動態保存機の面々。右手前から酒井工作所製3.5tガソリン機関車、野村組工作所製4.5tディーゼル機関車、そして左奥が岩手富士産業製特殊軽量機関車。'07.7.20
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先週3回にわたってお伝えした「魚梁瀬森林鉄道跡をゆく」に続いて、馬路村で動態保存されている車輌たちをご紹介してみましょう。ご案内いただいたのは、保存活動の中心的存在で現在は村議会議長を務められている清岡博基さんです。
1963(昭和38)年の廃止以来、絶えて久しかった森林鉄道の話題が再び語られるようになったのは1988(昭和63)年にコミュニティーセンター馬路で行われた「森林鉄道を語る会」だったといいます。営林署をはじめとした森林鉄道に関わった皆さんが、さながら同窓会のように集ったこの会をきっかけに、全国に誇り得る大森林鉄道=魚梁瀬森林鉄道を後世に語り継ぎ、あわよくば村おこしの一助にしようと動態保存の気運が盛り上がったのだそうです。
▲現在の遊覧運転の主力はこの谷村型ディーゼル機関車。谷村鉄工所製DLを模して新製されたもので、変速もオートマチック。'07.7.20
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▲まさに威風堂々といった貫禄の野村組工作所製ディーゼル機関車L-69。大栃営林署から1959(昭和34)年に魚梁瀬営林署に移ってきた機関車で、最後まで車籍を残していた機関車の1輌。'07.7.20
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この「森林鉄道を語る会」にはもと野村組工作所のOBも多数参加しており、そこで白羽の矢が立てられたのが村内に唯一残されていた同社製のディーゼル機関車L-69です。野村組工作所は高知県の小メーカーながら、こと森林鉄道用内燃機関車に関しては、戦前は酒井、加藤と伍して第三勢力として北海道から九州まで全国の森林鉄道に独特の形態の機関車を送り込んでいます。もし残されていた機関車が地元の野村製ではなく、東京のメーカー製であったならば、この動態保存化計画自体がスタートしえなかったかもしれません。
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▲L-69のキャブ内。1991(平成3)年の修復時にシートなど実用本位にモディファイされた部分はあるものの、良く原形を留めている。ステアリングホイールのような丸ハンドルは野村の特徴でもあるブレーキハンドル。'07.7.20
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かくして1991(平成3)年5月にL-69は動態復元され、丸山公園内に新設された延長400mのエンドレスで運転が開始されました。数ヶ月後には追いかけるように谷村鉄工所型3tディーゼル機関車が新製され、遊覧運転は主に谷村型が担うこととなります。ちなみに谷村鉄工所も高知の地元機関車メーカーで、ロッド駆動のこれまた個性的な内燃機関車を多数製作しています(詳細はRMライブラリー『魚梁瀬森林鉄道』参照)。
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▲魚梁瀬の2線の木造矩形庫も実に良い雰囲気を醸し出している。普段、遊覧運転に使用されている「谷村型」以外はこの庫内に保管されている。'07.7.20
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高知営林局の内燃機関車最大ナンバーはL-121。解明されていない番号はあるものの、そのほとんどが野村組工作所と谷村鉄工所製機関車によって占められており、他局と比べてもきわめて独自の技術的発展を遂げてきたことがわかります。余談ながらあの木曽森林鉄道を擁する長野営林局の内燃機関車最大ナンバーは、現在“よみがえれボールドウィン実行委員会”の皆さんがレストアに取り組んでおられるNo.141。長野局の141と比べても、高知局の121という数字はいかに森林鉄道王国であったかを物語っているとも言えましょう。
ところで現存する野村組工作所製の内燃機関車はこのL-69を含めて4輌。かつてこのブログでもご紹介した熊本城公園内のもの(社名はのちの「土佐造船」製)と、同じく熊本県内の球泉洞森林館のもの(ともにもと内大臣森林鉄道)、そして遥か北海道開拓の村に保存されている大夕張森林鉄道5t機です。ただ、球泉洞の方は国道バイパス建設工事にともなって展示場所から撤去され、先般肥薩線を視察した際に球磨村産業振興課に調べてもらったところでは、八代方面に搬出されたとのこと。消息が案じられます。
▲代用燃料装置を搭載した戦前の野村組工作所製機関車。写真は熊本営林局納入のもの。(『高知県機械工業史』より)
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