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2007年03月29日
岐阜の「加藤くん」と15年ぶりの再会。
いまから15年前、本誌連載「トワイライトゾ〜ン」に名古屋市の小出さんから寄せられたのは信じられないサプライズ情報でした。長良川と揖斐川に囲まれた水郷地帯に、1輌のみならず3輌もの未発見の小型機関車が残されているというのです。これはなんとしても現物を拝まねばなるまいと、B滝ともども新幹線に飛び乗ったのはお盆のさなかの蒸し暑い日でした。
▲さながらお城のような海津市歴史民俗資料館をバックにした「加藤くん」(1959=昭和34年製4t/1'8"=508㎜ゲージ)。かつて僚機とともに“野ざらし”になっていた状況を思うと、この厚遇ぶりに感慨無量。'07.3.20
お送りいただいた情報によれば、商売の神様として有名な千代保稲荷神社のある岐阜県平田町(現・海津市)の役場近くの資材置場に2輌の加藤が、さらに東海道本線穂積駅近くの建設会社敷地内に「松岡産業」製のガソリン機関車が放置されているとのこと。この日はレンタカーで効率よくそのすべてを取材することができましたが、その後彼らがどうなってしまったのか、気になりつつもいたずらに歳月が流れてしまいました。
▲恐らくは新造されたと思われる木製トロ2輌を従えて展示されている。写真の逆サイドには詳細なスペックまで記入された説明看板も設けられている。'07.3.20
数年前、平田町の加藤の1輌は新しく出来た郷土資料館のような場所に保存展示されたと聞きました。たしかに15年前に管理者である近藤建設さんから「いつか資料館のようなものを作るからと、岐阜県から保管を頼まれている」と伺ったのを思い出し、その話が現実になったのだと少々嬉しくもなりました。ただいつ消え去ってしまうとも知れぬ“放置”ではなく、正規の保存となるとついつい「機会があれば…」と鷹揚に構えてしまいがちで、なかなか訪問するチャンスがありませんでした。
▲歴史民俗資料館エントランスから見下ろした前庭と屋外展示場。周囲はかつて堀田と呼ばれた低湿地で、ひたすら平地が続く。'07.3.20


▲堀田の特徴的な短冊形の池沼を再現した前庭(左)には巨大な排水機ポンプも保存展示されている(右)。ちなみにこのポンプは1927(昭和2)年荏原製作所製。'07.3.20
今回15年ぶりに再会した「加藤くん」は見違えるように綺麗になっていました。保存されているのは「海津市歴史民俗資料館」の前庭。海津市は旧海津町と平田町、そして南濃町が合併して一昨年に誕生した市で、長良川と揖斐川に挟まれた中洲の中心に位置します。この歴史民俗資料館は、水との共存を目指した“輪中”の歴史や生活文化を紹介しようと設けられたかなり大規模な施設で、高須松平氏の館の一部を復元し、館内には能舞台なども再現されています。
前庭にはこの地方特有の「堀田」と呼ばれる低湿地の耕地利用方法が実際に再現されており、戦前製の排水機も保存展示されています。海津市の水田はかつてそのほとんどがこの「堀田」で、“4水6土”と称されるごとく全面積のおよそ4割は池沼であったといいます。戦後、1954(昭和29)年から堀田の埋立て事業が開始され、説明看板によれば、この加藤は1959(昭和34)年に岐阜県庁開拓課が埋立て事業用に導入したものとのこと。堀田の埋立ては1970(昭和45)年にはすべて完了したそうですから、実際に活躍した期間は十年ほどだったのかもしれません。
▲15年前に真夏の一日、トワイライトゾ〜ンの取材で訪れた時の状況。同形機2輌が寄り添うように放置されていた。'92.8.14
15年前の夏の日、炎暑の下で荒れるがままになっていた機関車が、今こうやってきちんと保存展示されている様を目の当たりにすると、なんとも感慨深いものがあります。
投稿者 名取紀之 : 2007年03月29日 16:58

