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2006年09月30日
燃料電池試験電車クヤR291が試験走行。

2001(平成13)年度から、次世代の動力源として注目を浴びる「燃料電池」を利用した鉄道車輌の開発に取り組んできた財団法人鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が、このたび燃料電池により発電した電気を用いて初めて電車の試験走行を行ない、その様子がプレス公開されました。
▲鉄道総合技術研究所内の試運転線を軽快に走るクヤR291。一見“片運”のようだが実は“両運”車である。'06.9.29 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
「クヤR291‐1」と形式番号を付けられたこの燃料電池電車は、外見はJR西日本の223系2000番代車の上回りとJR東日本のE231系の足回りをドッキングさせたような形態。横断的に研究成果を提供する鉄道総研ならではの“東西折衷”です。
燃料電池はあらためてご説明するまでもなく、水の電気分解と逆に水素と酸素の反応によって電気を発生させるもので、非常にクリーンなエネルギーとして注目を集めています。たとえば現在の非電化線区の気動車を燃料電池電車に置き換えることにより排出ガスをなくすことが可能ですし、電化路線に投入することによって架線柱や架空線といった地上設備を不要にすることもできるわけです。現在のところ、大容量かつ変動負荷といった鉄道車輌の特性をいかにクリアするかが鍵となっており、鉄道総研でも今後はハイブリッド化を含めたさらなる研究開発を行なってゆくそうです。
▲後位側の“正面”を先頭にした試験走行。一応簡易運転台と前部標識灯が備えられている。'06.9.29 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)

▲試験電車のシステム構成。

▲車体はJR西日本の223系2000番代、足回りはJR東日本のE231系(DT61+TR246)の設計を援用した、いわば東西折衷スタイルとなっている。形式はなぜか「クモヤ」ではなく「クヤ」を名乗る。P:鉄道総研提供


▲NUVERA社製の燃料電池(左)と、試験システムの搭載状況(右)。P:鉄道総研提供
ちなみにとかく混同されがちですが、これまでにいくつか見られたハイブリッド車(キヤE991形)や福井鉄道と福井大学が共同で行っている試験車などはいずれも「リチウムイオン電池」によるもので、発電機能を持つ燃料電池による電車の試験走行は世界で初めてとなるそうです。ただし、電車以外も含めるとカナダの鉱山用機関車(出力17kW、自重2.5t)がすでに燃料電池鉄道車輌として先鞭をつけてしまっているのはちょっとばかり残念です。
▲いわば燃料にあたる高圧水素タンクシステム。P:鉄道総研提供

▲今回の試験で用いられた燃料電池システムの概略構成。

▲鉄道総研内の試験線で待機するクヤR291形。左にはなにやらかつて見慣れた車輌が…。'06.9.29 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)

投稿者 名取紀之 : 19:42
2006年09月28日
阪神1000系誕生!

阪神電気鉄道の近畿日本鉄道相互直通運転用新型車輌「1000系」が完成、このたびメーカーの近畿車輌構内で取材することができましたので、今日はさっそくこの1000系車輌をご紹介してみようと思います。
▲MC(1501)を先頭とした増結用2輌編成。パンタグラフはシングルアーム式を搭載しているが、従来の下枠交差式も搭載可能な車体構造とされている。'06.9.16 近畿車輌 P:RM(新井 正)
阪神は2009(平成21)年春に、西大阪線西九条と近鉄難波間3.4km(営業キロ3.8km)を結ぶ「西大阪延伸線」を開業する予定です。この西大阪延伸線は西大阪高速鉄道株式会社を第三種鉄道事業者(建設主体)、阪神電気鉄道を第二種鉄道事業者(運営主体)として開業するもので、これによって最長で阪神三宮〜近鉄奈良間65.2kmの相互直通運転が実施されることとなります。
▲正面乗務員室部は鋼製ながらベースはステンレス近似色に塗装されている。'06.9.16 近畿車輌 P:RM(新井 正)
1000系はこの相互直通運転開始をふまえ、なおかつ昨年開業100周年を迎えた同社が、次の新しい100年へのスタートという節目に最初に開発する車輌という意味から、従来9300系(2001〜2002年)まで重ねてきた車系番号をリセットして「1」から再スタート、あえて「1000系」と命名されています。

新造輌数は10輌。在来の急行系車輌と同じ6輌編成(TC1+M1+M2+T+M3+TC2)を基本編成とし、ラッシュ時に対応した増結用の2輌編成2本(TC+MC)が用意され、最大10輌編成が組成できるようになります。基本の6輌編成のMT比が従来(8000〜9300系)の4M2Tから3M3Tに変更されている点も注目されます。
▲床面高さ1130㎜と5500系以降採用されている低床でホームとの段差を縮小した客室内。各車に車いすスペースが設けられている。'06.9.16 近畿車輌 P:RM(新井 正)


▲モニタ装置が設けられた運転台(左)。阪神線区と近鉄線区の運転保安装置等を一括して切り替えられる線区切り替えスイッチ(右)。'06.9.16 近畿車輌 P:RM(新井 正)


▲客室蛍光灯はグローブレスタイプが採用されている(左)。側出入口鴨居部に設置された扉開閉予告灯(右)。'06.9.16 近畿車輌 P:RM(新井 正)
溶接跡をなるべく目立たないようにスポット溶接ではなく仕上がりの美しいレーザー溶接を採用したステンレス構体は、現在の急行系車輌のベーシックカラーを引き継いだ「オレンジ系の新色」を車体前面(鋼製)と側面に配しています。また車体正面にはフルカラーLED式の種別表示器、白色LED式行先表示器を、車体側面には行先・種別一体型の表示器を採用し、こちらも種別表示部分はフルカラー LED、行先表示部分は白色LEDとすることによって視認性を向上させています。客室内も車いすスペースを全車輌に設置し、扉開閉予告灯・予告ブザーを新規に設置するなどホスピタリティーの向上が図られています。
注目のこの1000系、10月上旬には尼崎車庫に搬入され、試運転や乗務員訓練ののち今年度中には営業運転に投入される予定だそうです。
投稿者 名取紀之 : 15:47
「銀塩派」にひさびさの朗報。

すっかりデジタルに席捲され、このところとんと明るい話のない“銀塩フィルム”の世界ですが、今日はひさびさにちょっと注目の話題をお伝えしたいと思います。というのも、この4月に発売されて好評を博している富士写真フイルムの次世代カラーリバーサルフィルム“フジクローム「PROVIA400X」プロフェッショナル”のブローニー判が10月上旬に発売となるのです。
▲JAMコンベンションの道すがら立ち寄った大阪の交通科学博物館にて。ポケットに入る6×9判として愛用している半世紀前のベッサ(改)で建屋の中のC62たちを狙う。もちろん手持ちだが、ISO400はこんな時も実に心強い。ウェッブ上では伝えられないが、煙室扉のグラデなどとてもISO400とは思えない粒状性だ。'06.8.13 交通科学博物館(BessaⅠ(改)Colorskopar 105mm F3.5 1/100 f11 RXP)
“フジクローム「PROVIA400X」プロフェッショナル”=RXPは、新開発の「エピタキシャルシグマ粒子技術」により、ISO400のリバーサルフィルムでは世界最高レベルの粒状性と色相忠実性を実現した銀塩界(?)ひさびさの期待の新星です。「エピタキシャルシグマ粒子技術」とは、シグマ粒子の頂点に組成の異なる微粒子を結合させる新技術で、これによって乳剤粒子を極限まで微粒子化しても高感度を実現できた…のだそうですが、こちらは難しくてよくわかりません。いずれにせよ、「高感度ISO400でISO100クラスの鮮やかな色再現と高画質を実現」とキャッチコピーにあるように、私たちの鉄道写真にとっては実にありがたいポテンシャルを持ったフィルムです。
▲結構派手なパッケージデザイン。期待のブローニー判も間もなく発売となる。

注目の粒状性は、近年よく銀塩フィルムの粒状性を測定するのに使われているRMS(Root Mean Square)粒状度で「11」。RVP100(ベルビア100)の「8」には及ばないものの(RMS値が低いほど微粒子)、オリジナルのRVP(ISO50)の「10」に肉薄し、しかも従来のISO400フィルムRHPⅢ(プロビア400F)の「13」(それ以前のRHPは「15」)を完全に凌駕しています。しかも増減感処理適性も優れており、−1/2絞り減感から+2絞り増感まで色味や階調の変化が少なく対応できるとアナウンスされています。
▲夏のトップライトが降り注ぐ明暗差の激しい被写体も階調豊かに再現してくれた。写真は鉄道記念物の汽車会社製230形233号。'06.8.13 交通科学博物館(BessaⅠ(改)Colorskopar 105mm F3.5 RXP)
すでに35㎜判はお使いになった方もおられると思いますが、このフィルムが鉄道写真の世界で本領を発揮するのはなんと言ってもブローニー判ではないでしょうか。35㎜判の場合、手持ちで望遠でも使わない限りEV12(うす曇り)程度まではISO100で対応可能です。それに対してブローニー判、ことに6×7判以上ともなると、標準レンズでも被写界深度を稼ぐためにはある程度絞り込まねばならず、いきおい高速シャッターが切りにくくなってきます。編集部にお送りいただくブローニー判の作品を拝見しても、「+1」いわゆるプライチ増感処理をされている例が極めて多く、皆さんが被写界深度とシャッタースピードとフィルム感度のはざまで苦しんでおられるのがひしひしと伝わってきます。それだけにISO400で+1増感以上のオリジナル粒状性を持つこのRXPフィルムの誕生は、ことにブローニーユーザーにとってまたとない朗報ではないでしょうか。
▲非常に厳しいライティングながら、シャドー部の再現性も良好。'06.8.13 交通科学博物館(BessaⅠ(改)Colorscopar 105mm F3.5 RXP)
実はこの夏、発売前のブローニー判RXPフィルムをテストする機会に恵まれました。国内何箇所か、さらには先般のアメリカ渡航の際にも携行して使ってみましたが、結論は一言でいって「RVP100の+1増感をすることは二度と再びないだろう…」というものでした。もちろんピントルーペで仔細に見比べればノーマルのRVP100にはかないませんが、ISO400ということを念頭において見るRXPの粒状性は、確実に従来の常識を超えています。
まだまだ発展途上にあるデジタル技術に比べ、銀塩写真のプラクティスはその性能から保存性まですでに頂点を極めています。言い換えればダゲレオタイプに端を発した旧来的な「写真」は、今や誰も体験したことのない“完成の域”にまで到達したのです。それだけに今こそ、その最高水準の機材・感材を享受しない手はないのではないでしょうか。
投稿者 名取紀之 : 14:42
2006年09月27日
JR西日本初の近郊型交直流電車521系誕生!

来る10月21日(土)の北陸線(長浜〜敦賀間)と湖西線(永原〜近江塩津間)の直流化にともなうダイヤ改正にあわせて投入されるJR西日本初の近郊型交直流電車「521系」が川崎重工業兵庫工場(神戸市)で落成、本日朝、報道公開が行なわれました。
▲ロールアウトしたJR西日本初の近郊型交直流電車521系。残念ながら構内のためシングルアームパンタグラフは上がっていない。'06.9.27 川崎重工業兵庫工場 P:RM
521系近郊型交直流電車は北陸線・湖西線の直流化によって、従来、湖西線近江今津・北陸線長浜で折り返していた新快速電車が敦賀まで直通運転を開始するのに対応して新製された車輌で、クモハ521(Mc)+クハ520(Tpc)の2輌編成。すでに新快速・快速用として活躍している223系近郊型直流電車の設備・デザインを踏襲しつつリファインし、ワンマン運転にも対応した交直流電車となっています。制御装置・ブレーキ装置は683系で実績のあるものをベースとしています。
▲223系のイメージを踏襲した前面。行先表示器はLED式となっている。'06.9.27 川崎重工業兵庫工場 P:RM
編成のラインにはブルーとホワイトのコンビネーションラインを配し、北陸線・湖西線で運用される車輌であることがイメージできるようにカラーアレンジが行なわれており、正面および側面の行先表示器はLED式を採用、ワンマン運転に対応して側面扉横にもLED式の乗降口表示器が設置されています。また半自動スイッチを発光式としたほか、車内にはLED式の車内表示器を設けるなどの利便性の向上が図られています。
▲北陸線・湖西線直流化概念図。(JR西日本提供プレスリリースより)

このJR西日本の期待のニューフェース521系は明日、9月28日より試運転を開始し、11月末以降順次営業運転に投入されてゆく予定だそうです。最終投入輌数は2連5本(10輌)。最終的に521系は福井まで足を伸ばし、交直流電車としての本領を発揮する予定です。
▲クハ520形(Tpc車)外観。制御装置、ブレーキ装置は“サンダーバード”683系を踏襲している。'06.9.27 川崎重工業兵庫工場 P:RM
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▲521系編成概要図。(JR西日本提供プレスリリースより)
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投稿者 名取紀之 : 18:47
2006年09月26日
ニューフェース検測車が続々登場。

このところ各社で検測車(観測車)のニューフェースが続々と誕生していますので、今日は最近の編集部取材分のなかから、彼らのプロフィールを簡単に(詳しくは本誌次号にて…)ご紹介してみることにしましょう。
▲軽量ステンレスの車体にイエローの帯が映えるキヤ141系新型総合検測車。写真はキヤ141形を先頭にした姿。'06.9.15 P:RM(新井 正)
まずご紹介するのがJR西日本の新型総合検測車キヤ141系です。現在、JR西日本には非電化区間の地上設備の検測用としてマヤ34形2輌(2005、2007=いずれも京キト)とキヤ191+キヤ190形1編成(3=広クチ)が在籍していますが、いずれも老朽化・陳腐化が進んできており、新型総合検測車キヤ141系はこの置き換え用として新製されたものです。機能的には山陰線で活躍中の特急気動車キハ187系をベースに、キヤ141形(Mzc)+キクヤ141形(Tzc)の2輌固定となった編成には、線路状態を検査する軌道検測装置、軌道中心間隔測定装置、軌道状態を画像で撮影して解析する軌道画像測定装置、さらには信号通信設備の状態を検査する信号通信関係検測装置などが搭載されています。配置区所は京都総合車両所(京キト)。この秋から実際の検測走行に入るそうです。
▲軌道検測装置取り付けが可能な構造となっているキクヤ141形の付随台車WTR247形。'06.9.15 P:RM(新井 正)


次にご紹介するのが相模鉄道の「入換用電車」モヤ700系です。「入換用電車」とはいうものの、架線検測車や救援車の機能も兼ね備えており、今回誕生したのは2連2編成。かしわ台電車基地構内で入換用として使用されているED10形電気機関車と、架線観測車、救援車および入換用として使われているモニ2000形電動貨物車の老朽化にともなう置き換え用として、7000系4連を種車に改造されたものです。改造にあたっては4連の中間電動車2輌(7136・7134)を先頭車化改造、横浜方からモヤ701+モヤ702(架線観測車)、モヤ703モヤ704(救援車)の2編成としています。
▲先頭車化改造された側から2編成を見る。上が救援車モヤ704、下が架線観測車モヤ702を先頭とした姿。モヤ702の屋根上には架線状態を観測するための監視カメラや投光機が搭載されている。'06.9.21 P:RM(新井 正)
従来モニ2000に搭載されていた架線観測機能はモヤ702(旧7136)に搭載され、モヤ704(旧7134)は横浜方の両側ドアに救援機材積み下ろし用の回転式ジブクレーンが各1基設置されています。塗色は先代のモニ2000形を踏襲したイエローで、側面上下には10000系と同様のピーコックグリーンの帯が入っています。
▲定格過重150kgのジブクレーン2基が設置されたモヤ704車内。'06.9.21 P:RM(新井 正)

そしてもうひとつ、近鉄に登場した新型電気検測車がその名も「はかるくん」です。これまで夜間に行っていた架線やATSなどの検査を昼間に効率的に行うことを目的に新造されたもので、最高速度110km/hでの検測機能を持つ電気検測車は関西私鉄では初の登場となります。2輌編成の車体はチェック(=測る)柄を取り入れ、「はかるくん」のキャラクターも描かれるなど非常に親しみやすい外観となっています。現在は試験中で、正式なデビューは来年3月とアナウンスされていますが、はやくもファンの注目を集めはじめているようです。
▲全体にすっきりとしたデザインの「はかるくん」。営業列車と同等速度で各種の電気検測を行なえるすぐれもの。P:RM
投稿者 名取紀之 : 17:20
2006年09月25日
長野電鉄マルーン時代。
RMライブラリー今月の新刊は宮田道一さんと村本哲夫さんによる『長野電鉄マルーン時代』です。10月には小田急電鉄から長野入りした10000形改め1000系「ゆけむり」が試運転を開始し、“ながでん”もいよいよ新時代を迎えることになりますが、本書は長野電鉄が本格的に観光輸送に力を入れ始めた昭和30年代を中心に、1964(昭和39)年に2000系D編成がツートンカラーの「新塗色」で登場するまでの全車マルーン塗装時代に特化して、その車輌、運転、施設を振り返る異色の書です。


▲RML『長野電鉄マルーン時代』より。生活路線から観光路線への脱皮を図っていた長野電鉄は、2000系の登場で一気にイメージチェンジを遂げる。
1922(大正11)年の河東鉄道開業以来、今日まで長野市近郊の通勤・通学、そして湯田中温泉郷、志賀高原への観光アクセスとして活躍を続ける長野電鉄ですが、その長い歴史のなかで大きなエポックとなったのが、1957(昭和32)年に誕生した特急車2000系でした。Mc+T+M’cの3輌固定編成は、車体長こそ18mながら、大胆に曲面ガラスを用いた前面2枚窓の優美な車体に回転式クロスシートを備え、性能的にもわが国初の3ft6in軌間用75kW・WNカルダン駆動を採用するなど、大手私鉄の特急車に優るとも劣らない画期的な車輌でした。1957(昭和32)年に2編成、1959(昭和34)年に1編成が登場し、ここまで3編成が伝統のマルーンに細い白帯を巻いた姿で就役しています。まさに“マルーン時代”の掉尾を飾る車輌だったと言えます。
この12月に予定されているダイヤ改正でデビューする新特急車1000系によって、輝かしい一時代を築いてきたこの2000系も遠からず第一線を退くことになりそうです。
さすがにマルーン時代は同時代体験していないものの、学生時代に通った長野電鉄は、この2000系に加え、モハ100形やモハニ110形、モハ600形といった開業時からの古豪や、OS(Officemen & Students)カーこと0系など自社発注のいわば生え抜き車輌が大半で、譲受車が目につく他私鉄とは明らかに一線を画した存在だったのが鮮烈に印象に残っています。
▲2000系登場時の説明書表紙。黒岩保美さんの筆によって描かれているのはマルーン時代の優美な姿。(提供:宮田道一)
ちなみに長野電鉄では現在、湯田中駅構内のスイッチバック解消に向けて上条〜湯田中間を閉鎖してバス代行運転をしています(9月30日まで)。1000系「ゆけむり」の登場、さらには名物スイッチバック(?)の解消と大きく変貌を遂げるであろう長野電鉄、この機会にぜひ第一世代とも呼べるマルーン時代を振り返ってみては如何でしょうか。
投稿者 名取紀之 : 16:40
2006年09月24日
古典ガソリン機関車救出作戦!

▲クレーンで吊り上げられる“渡辺おじさん”。クレーンに備えられたデジタル計量計によれば重量は2.5tほどとかなり軽い。自重もさほどなく、なおかつフリクション・ドライブときているから、たいした牽引力は発揮できなかったはず。'06.9.24
爽やかな秋晴れとなった今日は、朝からある古典ガソリン機関車の救出作戦が行われましたので、さっそくその状況をご覧にいれましょう。


▲搬出前の状況。実測によるスペックは全長(バンパー間)3160×全幅1230×全高2125㎜。エンジンは米国ライカミング社製の4気筒サイドバルブ式ガソリン機関がのっている。'06.9.24
ある古典ガソリン機関車とは、『トワイライトゾ~ン・マニュアル5』でご紹介した横浜の建設会社・加藤組さんの「渡邊與助商店」(現在の渡辺機械工業)製GL、通称“渡辺おじさん”です。この機関車、詳しい製造年はわからないものの、1932(昭和7)年頃の金沢八景の埋め立て工事に使用されたと伝えられますから、生まれはそれ以前と推察されます。DB10の製造初年がちょうど1932(昭和7)年ですから、日本製の内燃機関車としては“超”のつく古典機関車ということになります。
▲「東京京橋 株式会社 渡邊與助商店 製造」と漢字の銘が鋳込まれた立派な製造銘板。大事にされていたようで、アクリル板で保護してある。'06.9.24


▲これが機械式変速以前の超原始的変速装置=フリクション変速機。エンジンの出力軸に直結して回転する巨大なフライホイールに直角にドライブホイールを押し当てる方式。写真右に見られるように、ドライブホイール・シャフトにはスプラインが切ってあり、このホイールを左右に移動させることにより変速・逆転を行う。'06.9.24
その加藤組さんから編集部にお電話をいただいたのは今月初旬のことでした。なんでも、かつて本で紹介していただいた機関車を移転のため手放したいのだが…というではないですか。そこで近年この手の車輌のレスキューに積極的に活動しているけいてつ協会の岡本憲之さんに連絡、とんとん拍子に話が進んで今日の搬出となったものです。なにはともあれ、めったに見られないこの手の機関車の搬出作業の模様をご覧ください。


▲心配された台風による風もなく、絶好の搬出日和となった。まずはクレーンとトラックが到着。'06.9.24


▲現場がかなり手狭で、なおかつ電線があるため吊り上げ作業には慎重な準備が行われる。'06.9.24


▲そろりそろりとクレーンのワイヤーが巻き上げられ、ゆっくりと車体が浮きはじめる。'06.9.24


▲そして吊り上げ。70年以上前のガソリン機関車が軽々と天を舞う。'06.9.24


▲トラックの荷台に載せられた“渡辺じんさん”。4tトラックの荷台が広く見えるほど小さい。'06.9.24

▲作業開始から2時間ほど、トラックに載せられた機関車は関係者に見送られて長年の保存場所を出てゆく。'06.9.24
この機関車の「古典」たる最大の所以は「フリクション・ドライブ」というその原始的変速方式にあります。機械式変速機・逆転機が一般化する以前にこのような小型内燃機関車やモーターカーによく用いられた方式で、ふたつの直交する円板によって、いっさいギアを用いずに変速・逆転を行います。簡単に原理をご紹介すると、エンジンの出力軸に取り付けられた円板(フライホイール=エンジンの回転数に比例して回転する)に、もうひとつの円板(ドライブホイール)を押し付けます。ドライブホイールはスプラインを切ってあるシャフトに入っているため左右に動くことが可能です。つまりフライホイールの中心近くに押し当てれば低速、外周に近くなるほど高速、さらにはセンターから逆側に移動させれば逆転が可能なわけです。米国製のガソリン機関車でも極めて初期にこの変速方式が製品化されましたが、現存するものは極めて少なく、変速機・逆転機の歴史を語るうえでも実に貴重な存在といえます。
▲戦前からの住処であった横浜をあとに、新たな保存地・那須高原へと向う。
この“渡辺おじさん”を譲り受けたけいてつ協会では、活動の拠点である栃木県の“風の高原鉄道”で同機を保存、いずれは動態復元も…と夢をふくらませています。
投稿者 名取紀之 : 21:56
2006年09月23日
軽便鉄道模型祭に見る“情念”。

今日は東京中野サンプラザで第2回となる「軽便鉄道模型祭」が開催されました。昨年池袋で行われて好評を博したのを受け、今年は中野サンプラザに会場を移しての開催です。
▲薄暮の併用軌道を家路につく人々を横目に、ガソリンカーが走り去ってゆく…今年は沼尻鉄道をフィーチャーしたモジュールが圧巻だった。
この「軽便鉄道模型祭」はメーカーや媒体主導ではなく、「木曽モジュール倶楽部」をはじめとしたサークルが中心となって自主発生的にスタートしたものですが、開催2年目にしてその密度の濃さは尋常ではない域にまで達したといえましょう。今回、施設の関係から通路を挟んで左右2部屋に分かれて会場が設営され、ひと部屋がメーカーや個人出店のブース、もうひと部屋がモジュールレイアウトの運転会場と分かれましたが、一時はどちらも満員状態の大盛況でした。
▲「軽便モジュール倶楽部」のモジュールはストラクチャーも秀逸。さまざまなギミックが見る者を引きつける。

▲一方、ますます磨きがかかるのは「木曽モジュール倶楽部」のモジュール。新作はほとんどがコード40の引き抜きウェザードレールをハンドスパイクしており、それにも関わらず走行は極めて安定している。
モジュールレイアウトは「軽便モジュール倶楽部」が今年のテーマに据えた沼尻鉄道を競作。メンバーが現地に赴いてイメージを培ったというだけあって、四季を表現したまさに沼尻らしいハイライトシーンが並びました。モジュールひとつひとつに目をこらして見てゆくと、あらゆるマテリアルを利用したシーナリーやストラクチャー製作の技法に唸らされます。とりわけ、いかにも日本的風景の中をゆく沼尻だけに、刈り取りの終わった田圃、線路脇のたわわに実った柿の木…等々といったシーナリーが実に秀逸で、日本の情景表現もここまで来たか、と実に感慨深いものがありました。
もう一方の雄「木曽モジュール倶楽部」は“助六作業線”の情景を中心にモジュールを拡張、こちらも今やモジュールの概念を超えて、圧倒的な密度と規模に成長しています。
▲集材機の音さえ聞こえてこそうな「助六」のワンシーン。植生の表現なども間違いなくトップレベルといえる。

個人やサークルのテーブルも目をこらせば目をこらすほど、そのレベルの高さに唸らされます。これまでにも究極の“ミクロ”の世界に挑戦し続け、アメリカのかの『ガゼット』誌にも登場したことのある眞崎弘海さんは、サークルレイアウトの上にさりげなく新作のホイットコムを展示。紀ノ川堤防沿いの建設会社倉庫で発見され、『トワイライトゾ〜ン・マニュアル12』で詳しくご紹介した機関車で、全長3mにも満たない超小型機です。この機関車をフルスクラッチで、しかもモーターを露出させることなく動力化…さすがです。しかも仕上げのメーキャップもばっちり決まっているから言葉がありません。
▲『トワイライトゾ〜ン・マニュアル12』の巻頭でレポートしたばかりの紀ノ川堤防脇で発見されたホイットコムをスクラッチしたのは眞崎弘海さん。“ミクロ”の世界の達人だけにその仕上がりには脱帽。


▲リヤカー屋台やアイスクリームケースに目一杯の遊び心を詰め込みながらも、スケールへの究極の拘りを見せるエコーモデルの新作アクセサリーたち。アイスクリームケースは発売中、屋台は間もなく発売予定とのこと。
ミクロの世界といえば、アイスクリームケースやら昔風のコーラの保冷機やらの小物を陳列して目を引いていたのがエコーモデルさん。店主の阿部敏幸さんはほとんどの鉄道模型イベントに必ず顔を出されるだけに、会場におられても何の不思議もなく感じますが、お店としてこういったイベントに“出店”されるのは二十数年ぶり、実に稀有なことなのです。ご自身も高名な軽便ファンだけに、今回の会場の雰囲気にはたいへんシンパシーを感じられたようで、しきりにいいね、いいねと連発されていました。ところで近日発売のアクセサリー“新製品”はリヤカー屋台で、かわいいサンプルが並んでいました。おでんやらなにやら各バージョンができるキットとのことですが、そのスケール感たるやさすがです。「一見“食玩”みたいに見えるかもしれないけど、きっちりとスケールになっていて“食玩”とはまったく違いますから! それがエコーモデルの拘りです」と阿部さん。これまたさすがです。
▲めずらしくも出店されたエコーモデル店主の阿部さん。記念製品は午前中で売り切れてしまったという。
会場内の数多の車輌の中で一番度肝を抜かれたのは、新井一雄さんの日本輸送機(ニチユ)製バッテリー機関車です。プロトタイプは台枠側面に旧ロゴのウイングマークの陽刻を持つ2t機で、メーカー形式からFと通称される「折畳み型」。これは竪坑ケージ(エレベーター)で坑内に下ろす必要から、ケージに入る大きさに運転台部が折畳める(“F”はFold=折畳みのF)ように設計されたもので、現車は極小中の極小です。これをスケールモデルとして動力化しただけでも驚きですが、まだその先があったのです。「実はコレ、実際に折畳めるんですよ、やってみますか」…う〜ん、まいりました。




▲あっけにとられたのは新井一雄さんのニチユ製バッテリー機関車。洋白でスクラッチされた車体は究極の小ささ。しかも何と運転席部分が実物さながらに折畳める。これでは走行性能は期待できないだろうと思いきや、これが実にスムースに走るからさらに驚異的!
ちょうど一ヶ月前の今日は、アメリカのナローゲージ・コンベンションに参加していたわけですが、今回の「軽便鉄道模型祭」は、間違いなく彼の地のコンベンションと比肩できるまでに成長したと評せましょう。もちろんその規模や会期、実物とのタイアップやレイアウトツアーといったいわば横展開ではまだまだ発展途上といえるでしょうが、モジュールをはじめとした地面系の質の高さ、車輌工作の卓越さ等々は、決して優るとも劣らないものです。
そして何よりも、たった一日限りのあの会場に渦巻いていた物欲とは対極の“情念”はまさに国際レベルで、それこそが必ずやこの「軽便鉄道模型祭」をさらなるステージへと導く原動力となってくれるに違いありません
投稿者 名取紀之 : 22:37
2006年09月22日
余部鉄橋見聞録。動画付き

かねてよりご案内している余部橋梁架け替えにともなう「鉄橋サミット」の開催がいよいよ一ヶ月後に迫ってまいりました。B全判のポスターも刷りあがり、地元・香美町では一大イベントに向けてますます士気が上がってきているようです。そんななか、今日はいささか旧聞とはなってしまいましたが、8月25日~27日にかけて行われた香美町主催のイベント「余部鉄橋の雄姿を撮る」を取材した編集部・山下修司君の一風変わった体験記をお届けしましょう。
▲見事にライトアップされた大橋梁を列車が通過してゆく。まさに夏の夜の夢…。'06.8.25 P:山下修司
8月25日、今日は2回目の余部鉄橋ライトアップ。鉄橋を見上げる河口付近と港の向こうの防波堤には、カメラの露出のセッティングを見るためのペンライトがうごめいて、まるで演歌歌手のコンサートのようです。携帯を開いてメールを打つ者がいるので、その小さな光に交じって青白い顔が不気味に浮かび上がります。なにしろ、ライトアップした鉄橋は動かないし、当節デジカメが主流だから確認しつつ写真が撮れるから、一発勝負で列車を撮るのと違って、ある面、皆、気楽なモンです。だから、撮影地は喧しい。レイルファン半分、周辺の写真好きが半分といったところで、フラッシュを焚く向きもちらほら。うまく写ったかな。
▲90年あまりにわたって山陰本線を支え続けた橋脚が夜空に浮かび上がる。'06.8.25 P:山下修司
「こんなギザギザがファインダーに出たんじゃが、どういう意味なんじゃろか」
「あのー、それはフラッシュを焚きますという印です」
「そうか、暗いからのぅ」
「でも、ここでフラッシュ焚いても鉄橋まで届きませんが」
「どおりで防波堤しか写らんはずじゃ」
「ですから、こうしてみんな三脚をつかって30秒ぐらいシャッターを開けっぱなしにして写しているんです」
「手持ちじゃ無理かのぅ」
「はい、あいにく」
「すんませんがのぅ、住所を教えるから、写真送ってもらえんかのぅ」
そんな気楽な面々とは打って変わった緊張感を漂わせているのが、主催する香美町の職員の皆さん。見物客のほとんどが車で、しかも小さな集落のこと、これだけ集中すれば駐車スペースから溢れてしまいます。日ごろは穏やかな春の日本海のごとくざぶーんざぶーんというテンポで、大人(たいじん)のごとき風格をそなえている藤原博文さん(企画課鉄橋担当)も、このときばかりは安全確保のために眉を吊り上げて車の誘導に奮闘しています。
▲広田さんとトークショーの最終打ち合わせに余念がない香美町企画課の藤原さん(右)。'06.8.26 P:山下修司
明日もライトアップが行われますが、聞けば今日設置したライト、発電機、コードはすぐに撤収、明日は明日でまた新規に設置するといいます。
「道具はボランティアからの借り物ですけーの、万一盗難にでも会うたら、さっぱりワヤじゃけー」
暑い中、ご苦労なことです。車の誘導をするガードマンもボランティアらしく、昼間の現場終了後、駆けつけてきたと言います。「おにぎりが出るから晩メシがわりでええですヮ」と汗を拭き拭き誘導灯を振っていました。
▲本誌で「余部通信 ~橋に魅せられて~」を連載中の服部敏明さん(左)と広田さんのトークでイベント会場は大いに盛り上がった。'06.8.26 P:山下修司
ぼくは、撮影を早々に切り上げて、まずは生ビールでイベントの成功を祈りたいところですが、お供をしている写真家の広田尚敬さんが、なかなか帰ってきません。最初は、「まあ15分ほどで切り上げて…」などとおっしゃっていたものの、そこは写真家、いい被写体を目の当たりのするとムラムラと写欲が湧いてきたに違いありません。ずいぶんたってから帰ってきた広田さんにどこでお撮りになっていたのか伺うと、餘部駅の方を指差されました。河口付近で撮っていたぼくとは正反対です。闇に散らばった一行が揃ったところで、自動車はやっとビールに向かって走り出します。車内でデジカメのモニターを見ると駅の方のライトが2灯、ナトリウム灯であることに気がつきました。なるほど、これだったのか。現場に立った広田さんは瞬時に判断してナトリウム灯を見極め、そちらに向かったのです。一流写真家の鋭い目に、いまさらながら唸らされました。 (山下記)

「鉄橋サミット」に合わせ、10月21日(土曜日)にはJR西日本福知山支社のはからいで、国鉄色キハ58・28の4連による「急行あまるべ」(姫路~浜坂間)も運転される予定です。秋の一日、大鉄橋の見納めに訪ねてみられては如何でしょうか。
▲香美町営国民宿舎「ファミリーイン今子浦」からのぞむ日本海の夕陽はまさに絶景! これから本格的な松葉ガニのシーズンがやってくる。'06.8.25 P:山下修司
※動画「余部橋梁は今」は下記をクリック。
※上をクリックすると動画がご覧になれます。音声付ですので周囲の状況をあらかじめお確かめください。なお、Macでは再生できない場合がございます。
●ハンディカムでの手持ち撮影のため多少お見苦しい点はご容赦ください。
投稿者 名取紀之 : 15:24
2006年09月21日
改訂新版『木曽谷の森林鉄道』まもなく完成。

今日発売のRM本誌誌上広告でもお気づきのように、かねてより再版のご要望が多く寄せられていた西 裕之さんの『木曽谷の森林鉄道』が改訂新版となってまもなく完成します。『木曽谷の森林鉄道』は初版発行が1987(昭和62)年8月。いまさら思えば木曽谷から森林鉄道の姿が消えてまだ十年ほどしか経っていない時代でした。
▲上松の給炭台で出を待つ「木曽森」の代名詞・ボールドウィンリアタンク(9号機)。巨大な火の粉止め煙突を持つこの機関車にどれだけ多くのファンが心ひかれたことだろうか…。'59.8 P:岡田徹也(改訂新版『木曽谷の森林鉄道』より)
その後、ちょうど十年後の1997(平成9)年に再版を発行、この時は新たに整備が進んだ赤沢自然休養林の森林鉄道記念館の状況などを盛り込み、本編も多少手直しをする程度でのリプリントでしたが、三版目となる今回は大幅な改訂を加えてのまさに“新版”となります。
なんと言ってもまず一番大きいのがカラー頁の追加です。「木曽谷の森林鉄道」、「木曽谷の車輌たち」、「美しき木曽谷」の3章からなるカラーグラフは、1960年代末から支線の奥の奥まで登山さながらに歩き、記録し続けてこられた北市正弘さんの未公開ポジフィルムを中心に構成、王滝森林鉄道とその支線の姿を生き生きと甦らせてくれます。著者である西 裕之さんをして、あの「木曽森」のカラー画像がこれほど残されていたのか…と驚かれるほどの枚数の中から厳選されたグラフは、林鉄ファンのみならず必見です。さらに初版・再版では概要の解説に留まっていた王滝営林署管内の支線の解説にも多くの新設頁を割いております。
現在最終校正を進めておりますが、誌上告知より多少遅れ、お目にかけられるのは10月初旬となります。いずれにせよ、王滝森林鉄道廃止から31年目にあたる当年、ついに決定版の誕生です。
▲カラー新版頁の一部。モノクロでしか目にすることのできなかった車輌の塗色をはじめ、ストラクチャーの表情などモデラーにとっても必見。
さてその木曽谷では、現在「りんてつ倶楽部」の皆さんが王滝村の保存車輌の動態保存に取り組んでおられます。これまで旧田島停車場構内に仮設されていた保存庫と運転線は、整備がなった近くの松原地区に移動、立派な車庫も完成して着々と整備が進んでいます。中心になって活動している同倶楽部の高橋 滋さんのお話では、すでに本線の延長は200m、構内を含めると約300mの線路が敷設され、年内にもあと100mほどが延伸される予定だそうです。御岳山を間近にのぞむ景勝地での動態保存だけに、その面でも将来が楽しみです。
ちなみに王滝村では、昨春開催して大好評だった「森林鉄道フェスティバル」の第2回を来年10月21日(日曜日)に開催する予定だそうです。現在このフェスティバルに向けての「復活募金」も募っているそうですので、下記案内をご覧ください。
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クリックするとポップアップします。
投稿者 名取紀之 : 17:13
2006年09月20日
新型ロマンスカー・MSEを発表!

つい先日50000形ロマンスカーVSE車が鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞したばかりの小田急電鉄から、今日夕方、東京メトロ千代田線直通運転用の新型ロマンスカー製造開始の発表がありました。
▲新型ロマンスカー“MSE”の先頭部デザイン。流線型は6連の小田原方と4連の新宿方、貫通型は6連の新宿方と4連の小田原方に採用される。 (小田急電鉄提供)
すでにご承知のように、昨年5月に小田急電鉄と東京地下鉄(東京メトロ)はロマンスカーの千代田線乗り入れに合意しており、再来年春から直通運転を開始します。今回発表になった新型ロマンスカーは、形式60000形。20mボギー車6輌固定編成(4M2T)と4輌固定編成(2M2T)からなり、分割・併合しての運転が可能となっています。10輌フル編成時の乗車定員は578名。観光ユースを主眼としたVSE(50000形)に対し、ビジネス特急としてより多くのニーズに応えられるキャパシティーとなっています。
▲小田急センチュリーサザンタワー21階で行われた報道発表に臨む大須賀小田急電鉄社長(右)と岡部デザイナー(左)。'06.9.20 P:
RM(新井 正)

注目のエクステリア・デザインは、VSEで実績のある岡部憲明アーキテクチャーネットワーク代表の岡部憲明神戸芸術工科大学教授がインテリア・デザインともどもトータルに担当し、流線型の車体は地下鉄線内でも空と海のさわやかさ、明るさを感じさせる「フェルメール・ブルー」を基調に、ロマンスカーが継承してきた「バーミリオン・オレンジ」の帯を配した鮮やかな塗色となります。
▲フェルメール・ブルーに伝統のバーミリオン・オレンジの帯を巻いた60000形編成外観。(小田急電鉄提供)
車内は2.3mの天井高を確保するほか、蛍光灯による間接照明と電球色のLED式直接照明の採用によって落ち着きのある居住空間を創出するように努められており、多目的トイレや車椅子対応型の座席などを配置し、バリアフリー化にも充分配慮がなされています。さらにはアルミ車体や全密閉式の主電動機の採用による走行音、車内音の低減にも心配りがなされています。

▲流線型の先頭部形状を持つTc1(10号車)完成予想図と平面図。こちらの先頭車にはプラグ式ドアを採用。(小田急電鉄提供)


▲かたや貫通型の先頭部形状を持つTc1'(6号車)完成予想図と平面図。新ロマンスカー“MSE”には伝統の補助警笛(オルゴール)も搭載されるという。(小田急電鉄提供)
注目の愛称ですが、多彩な運行が可能な特急列車という意味を込めて「MSE」(Multi Super Express)に決まりました。特急料金・停車駅は未定ながら、東京メトロ千代田線湯島駅から小田急線町田・相模大野方面に平日の夕方から夜間の帰宅に便利な時間帯に6連編成が運行される計画で、土休日は6+4の10輌編成が箱根湯本・江ノ島方面への運用に充当される計画だそうです。ちなみに新製輌数は6連2本、4連1本、すべて日本車輌によって製造され、製作費用は約38億円と伝えられています。竣功は来年9月。小田急ロマンスカーの輝ける歴史に、また新たな1ページが加わることになります。
▲蛍光灯による間接照明と電球色LEDの直接照明の融合によって居住性を追及した客室内。(小田急電鉄提供)

▲客室断面図。天井高は2.3mを確保している。ちなみに地下線内を走るため、VSEに採用されていた難燃木材は使用されていない。(小田急電鉄提供)


▲6号車と7号車の連結面イメージ。なお、現時点では御殿場線への乗り入れ運用は想定されていないという。(小田急電鉄提供)

投稿者 名取紀之 : 19:47
2006年09月19日
『国鉄時代』最新号は“北海道”特集。
ご好評をいただいている季刊『国鉄時代』の第7号が完成いたしました。今回の特集は世代を超えた憧憬の大地・北海道。内容もこれまで以上に盛りだくさんでお送りします。まずは、担当・山下からその内容の一部をご紹介させてみましょう。
『国鉄時代』vol.7は北海道特集。私も中学、高校生の時代から、消えゆく蒸気機関車を追ってあちこち旅に出ましたが、やはり北海道には特別な感慨があります。青函連絡船が函館に入港する時、七飯あたりから駒ケ岳に至る大地がせり上がったような風景を目にするたびに、あぁ、またやって来たんだなあ、と再び来られた嬉しさと緊張感がまざった独特の気持ちになったものです。
今回のトップを飾るのはやはりC62重連です。C62重連が牽引する急行は、雑誌などで目にするキマッた写真の撮れる確率は低く、運転する乗務員たちも闘いなら撮影する者たちも闘いを強いられるたいへん難易度の高い列車でした。その「戦記」とも言える写真と文からその時代の熱気がほとばしり、読む者の意識を凍てついた線路際まで引っ張って言ってくれるはずです。
若き日C51を追って室蘭本線を歩いた思い出、北辺の9600を追った日々、宗谷本線の夕日に賭けた飽くなき挑戦の記録、千歳線で堪能した本線補機運用、仁山越えのD52重連などなど、世代の違いこそあれ、北の大地に夢を追い求めた日々は皆共通の熱がありました。厳寒の風景の中からもそんな熱気が伝わってくる誌面となりました。
▲表紙は村樫四郎さん撮影のオタモイ峠に挑む18列車「まりも」のC62 27。前補機テンダーから捉えた迫力の映像。

キハ82、DD51などは蒸機時代、脇役か敵のような存在でしたが、一時、目の仇にしていた向きも最近では常紋信号場や室蘭本線の沿線に出没しているようです。DD51の急行「ニセコ」、夜行急行、特急「北海」などはそんな方々が「目の仇」のように言っていた時期のもの、いま振り返ってみると地団太を踏むようなカットがちりばめられています。
▲47分に及ぶ宮内明朗さん渾身のC62映像は必見! 「ていね」時代から「ニセコ」最終日までを捉えた永久保存版だ。
特別付録DVD「C62 有終の旅路」は宮内明朗さんが撮影から録音まで手がけた47分のドキュメンタリー。急行「ていね」、急行「安芸」から急行「ニセコ」までC62が豪快に走行いたします。独特のジェット音にも似たブラストも同時録音で十二分にお楽しみいただけます。また、小樽築港機関区の点検・出区など比較的映像の残っていないシーンなども加わって、見応えあるドラマとなっています。
秋の夜長、氷下魚(こまい)の干物をちょいと炙って、北の銘酒「千歳鶴」「北の誉」のぬる燗で一杯やりながら、懐かしさとほのかな後悔をスパイスに、熱気に満ち美しき北の大地に思いを馳せて見てはいかがでしょうか。
7号目となった『国鉄時代』は、ますます磨きがかかって必ずや多くの皆さんの琴線にふれるに違いありません。発売は明後日。ぜひお手にとってご覧ください。
投稿者 名取紀之 : 09:23
2006年09月18日
保存された富士山麓モ1.

先日、取材で山梨県都留市の山梨リニア実験センターへお邪魔した折、ついでと言ってはなんですが、レストアされて展示されたと聞く“富士山麓電気鉄道”モ1を見に河口湖駅まで足を伸ばしてみました。
▲リニューアルなった河口湖駅前に展示された“富士山麓電気鉄道”モ1.観光客からも注目を集めている。'06.9.6
この夏、全面的にリニューアルされた河口湖駅は、ログハウス調の観光案内所を併設する国際的観光地に相応しい瀟洒な駅に生まれ変わっており、お目当てのモ1は駅舎正面に設けられた立派な展示設備に鎮座していました。さすがに展示開始から間もないとあって、まるで新車と見紛うばかりの綺麗さで、しばらく観察している間に何組もの観光客がこの車輌をバックに記念撮影をしていたのが印象的でした。
▲パンタグラフこそ上がってはいないものの、ホームを模した設備もあり、なかなかの雰囲気。バックはすっかり生まれ変わった河口湖駅。'06.9.6


▲煉瓦と剥げかかった演出のモルタルが風合いを醸し出す“ホーム”には「富士山麓電気鉄道」の銘板が埋め込まれ、かたやモ1の来歴を示す解説板が竣功図をともなって設置されている。'06.9.6
このモ1、富士急が前身の富士山麓電気鉄道として改軌・開業した際の車輌ということで顕彰展示されることになったものですが、車輌自体の来歴はちょっと複雑です。1929(昭和4)年生まれのモ1号は、戦後の1953(昭和28)年に車体が更新改造されてモハ501へと生まれ変わっています。ところがこの更新の際に不要となった旧車体が上田丸子電鉄(のちの上田交通)に譲渡され、上田ではこの車体に国鉄長野工場から購入した台車を組み合わせてクハ251という制御車に生まれ変わらせました。のちに電動制御車化されてモハ4257となり、1983(昭和58)年まで別所線で活躍していましたが、廃車に合わせて富士急が保存のため引き取ったものです。つまり車体だけがモ1を承継しているということになります。
▲リペイントされた車体腰板には鮮やかに富士山麓電気鉄道の社紋が描かれている。'06.9.6


富士急では1986(昭和61)年に自社工場で復元をはかったものの、なぜか展示公開されるわけでもなく、以後ずっと河口湖駅の構内側線に留置されていました。今回ようやく再整備されてその晴れ姿を見せてくれたわけで、このような素晴らしい状態のまま末永く展示されることを願いたいと思います。
▲残念ながら立ち入ることはできないが、車内も実に丁寧にレストレーションされている。'06.9.6
投稿者 名取紀之 : 23:04
2006年09月17日
ナローゲージ・コンベンションの旅 (第12回)
最終回 かくて、コンベンションの夜は更けて…。

8月19日に成田を発ち、8月27日に帰国。現地で過ごせたのは実質6日間の旅でしたが、何しろ開催地がロッキーナローの本拠とあって、実物に模型にとめまぐるしい忙しさで、あっという間に過ぎていった日々でした。
▲遠雷の響く中、コロラドの荒野に日が暮れる。ロッキーナローの聖地はこれからも変わらず多くのナローゲージャーを引きつけ続けるに違いない。'06.8.19
ところで、一時は一般のホテル利用者が「退役軍人の集会かと思った」と言うほど高齢化が著しかったこのナローゲージ・コンベンションですが、今年はさほど“超高齢”の印象は受けませんでした。もちろん、グラントラインの総帥クリフ・グラントさんはじめ、彼の地のナローゲージ・モデルシーンの黎明期を担ってこられた方々が次々に鬼籍に入られてしまい、コンベンションの担い手が次世代に移ったこともあるのでしょう。ただ、JAMに代表されるわが国の模型イベントから比べると、依然として信じられないほど高年齢で、20代はおろか30代でさえほとんど見かけないほどです。
▲宴のあと。地元デュランゴ・ビールではコンベンション記念ラベルのビンと木箱を用意してくれていた。こんなささやかなホスピタリティーがなんとも嬉しい。'06.8.25


その一方でD&SNG鉄道など保存鉄道の世代を超えた賑わいが印象的でした。夏のバカンスシーズンということもあるのでしょうが、平日でも結構な賑わいぶりで、日本の保存鉄道が平日の集客に苦労しているのを思うと羨ましい限りです。
▲ロックウッドの“お立ち台”に苦労して登ってきたかと思いきや、三脚に手のひらサイズのコンパクト・デジカメをセットして列車を待つご仁(左)と、何ともすごいポジションでカメラを構えるご仁(右)。この人、結局このポジションで撮り続けていた。う〜ん…彼の地のファン気質はいまだによくわからない。'06.8.23
撮影派の洋の東西を問わないフィーバーぶりも印象的でした。コンベンション・スペシャルが走る日は、普段は交通量もまばらな並行道路もいわゆる“Train Chaser”で大混乱。後部バンパーに“You are following a train lover.”(あなたはレールファンの真後ろを走っている)やら“I brake for trains!”(列車を見るとブレーキをかけるぞ!)やら後続一般車の追突防止を促すステッカーを貼ったご同業(?)がびゅんびゅん行き交い、パトカーも出るありさまでした。ちなみに踏切で一旦停止するのは日本。あちらでは停止する必要はないのですが、ついつい日本の癖でブレーキを踏みがちです。これは結構危険で、後続のトレーラーなどに突っ込まれかねません。トレイン・チェーシングをせずとも、お札がわりに件のステッカー(模型店等で売っている)を貼っておくのも手かもしれません。
ヘッドクォーターとなったホテルとトレードショー会場が離れていたり、プログラムのタイムスケジュールにいささか無理があったりと、決して満点とは言えないコンベンションでしたが、町の人たちを含めたそのホスピタリティーには充分満足するものがありました。地元紙も「全米のみならずイギリス、オーストラリア、メキシコ、ノルウェー、そして日本からやってきた“Rail Fanatics”を歓迎しよう。彼らは首からコンベンションの赤いネームバッジを下げているからすぐわかる」と伝え、商店街の各所にはポスターが貼り出されていました。さらに町のそこここで「コンベンションですね、どちらからですか?」と声を掛けられもし、地域ぐるみでこのコンベンションを応援してくれていることがひしひしと感じられる毎日でした。
▲1面カラーでナローゲージ・コンベンションの開催を伝える8月23日付けの地元『デュランゴ・ヘラルド』紙。提供:岡山英明
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▲来年のナローゲージ・コンベンションのフライヤー。8月29日(水曜日)から9月1日(土曜日)までメイン州ポートランドで開催される(フライヤー表紙部は“大誤植”で8月1日からになっている…)。例年になく既に各種のノベルティー・グッズも出来上がっており、開催地の意気込みが伝わってくる。
クリックするとポップアップします。
このナローゲージ・コンベンション、来年はアメリカン2フーターの本拠・メイン州はポートランドでの開催となります。さらに再来年2008年は同じポートランドでもオレゴン州のポートランド、そして2009年には再びコロラドの地(コロラドスプリングス)へと戻ってくる予定です。
3年後、ふたたびグースをはじめとした車輌たちに、そして懐かしい人たちに会いに、ロッキーの山へとむかうつもりです。 完
投稿者 名取紀之 : 17:12
2006年09月16日
廃止10年…「横軽」復活!?

「横軽」…あの碓氷峠在来線が長野新幹線にその任を譲って廃止されてから来年で丸10年、なんとその10年目にあたる来秋に横軽間11.2kmが“復活”を遂げることになりそうです。
▲一昔前までは昼夜をわかたず目にすることができたシェルパ“ロクサン”による碓氷峠の押し上げも、今や伝説と化しつつある。P:RM
これは現在同区間の“廃線跡”を管理・整備している財団法人「碓氷峠交流記念財団」が明らかにしたもので、さる11日の臨時理事会で2000(平成12)年施行の改正鉄道事業法に基づく「特定目的鉄道」として国土交通省関東運輸局に許可申請(通常の鉄道事業の許可権限は国土交通大臣だが、特定目的鉄道は地方運輸局長に委任されている)を行うことを決めたもの。「特定目的鉄道」とは、改正鉄道事業法施行規則第5条2項で「景観の鑑賞、遊戯施設への移動その他の観光の目的を有する旅客の輸送を専ら行うもの」と規定された鉄道に対し、運行本数や運賃などの規制を大幅に緩和する新法です。当初、政府に観光鉄道の構造改革特区申請を検討していた同財団は、国交省からの助言もあって、この「特定目的鉄道」としての“開業”を目指すこととなったのだそうです。ちなみに申請が認められれば、全国初の「特定目的鉄道」の誕生となります。
▲横軽間廃止目前の横川駅。再び軽井沢行きの切符を買える日がやってくることになる。P:RM
ご存知のように、「碓氷峠鉄道文化むら」を運営する同財団は、現在、文化むら〜峠の湯間2.6km区間で遊具扱いのいわゆるトロッコ列車を運行していますが、当然このトロッコ列車で最大勾配66.7‰を擁する軽井沢まで11.2kmを往復するのは不可能で、“開業”にあたってはそれなりの機関車が不可欠となります。私たちファンとしては“ロクサン”EF63の復活を願いたいところですが、非電化での開業が予定されているため、ブレーキ力など安全基準を満たしたディーゼル機関車を新製、横軽間を1時間15分程度で往復させる予定だそうです。ただ、被牽引車は文化むらで保存されている189系「あさま」編成の活用も検討されているとのことですから、来年の紅葉シーズンにはあの峠をゆく「あさま」の姿が再び見られることになるかもしれません。
▲横川で「あさま」に連結しようとするEF63。1963(昭和38)年にアプト式から粘着式に切り替わって以降、廃線まで峠の主として君臨したロクサンが再び軽井沢まで登ることはないが、いったいどんな機関車が新しい峠の顔になるのか楽しみだ。P:笹本健次
投稿者 名取紀之 : 17:11
2006年09月15日
ついに…夕張「SL館」廃止。

▲「汽車フェスタ2006」前日には前夜祭として保存車輌のライトアップが行われた。ホーム跡の裸電球がラッセル車たちに柔らかな光を投げかける。「SL館」の閉館が決まり、この南大夕張の地も今後大きな波にさらされそうだ。'06.8.26 P:三菱大夕張鉄道保存会
本ブログでもたびたびご報告してきた「夕張・石炭の歴史村」内の「SL館」ですが、去る13日、ついに“廃止”の方針が打ち出されてしまいました。地方財政再建促進特別法(再建法)に基づく「財政再建団体」移行を決めている夕張市では、各種事業の見直しが進められ、「夕張・石炭の歴史村」の経営診断も民間の検査チームにより行われていましたが、その結果、「ローラーリュージュ」(8月末ですでに営業終了)、「ファミリースクールふれあい」(9月18日終了予定)、「ロボット大科学館」、「知られざる世界の動物館」、そして「SL館」(いずれも10月15日終了予定)の5施設が廃止されることになったものです。まさに危惧していたことが現実となってしまうわけで、SL館に展示されている夕張鉄道や三菱大夕張鉄道などの保存車輌、そして膨大な資料の将来が暗雲に包まれてしまいました。
当初は土日のみの無料開放といった方向性も検討されたように伺っていますが、結論は廃止。石炭博物館の熊谷館長も「この2年間、大夕張鉄道展や夕張鉄道展などの開催で、市民のSL館として認知され、入館者も増え始めたところですのに、こういう事態になってしまい残念でしかたがありません」と語っておられます。
▲飛び入り参加してくれた美唄鉄道のビンテージバス。同じ三菱鉱業の仲間であった。'06.8.27 P:三菱大夕張鉄道保存会
そんな“悲報”が届く数日前、旧三菱大夕張鉄道南大夕張駅構内で車輌の補修・保存活動を続ける三菱大夕張鉄道保存会の奥山道紀会長より、8月27日に開催された「汽車フェスタ2006」の模様が送られてきました。「汽車フェスタ」はかつて人々の足として活躍しながらも放置され、荒れ放題となった車輌に再度、市民に親しんでもらおうと補修活動の進展と共に2000(平成12)年に初開催し、今年で7回目となるそうです。
▲白熱灯に照らし出された客車内。大夕張鉄道現役時代を知る者にとっては胸に迫る情景だ。'06.8.26 P:三菱大夕張鉄道保存会


当日はホーム、客車荷物室内での喫茶店営業、保存会グッズの頒布や南大夕張臨時郵便局の開業など多くの人々で賑わい、かつて同鉄道と共に人々の足として活躍した三菱鉱業美唄鉄道バスも飛び入りで登場し人気を集めていたそうです。
▲保存会が管理している資料の数々も展示(左)され、なおかつ荷物室には臨時の「喫茶店」もオープンして人気を博していた。'06.8.27 P:三菱大夕張鉄道保存会
前日夕方には前夜祭として、保存されている車輌のライトアップも行われました。19時前、ホーム跡の裸電球、ラッセル車のヘッドライト、客車内の電灯などが点り、ラッセル車の汽笛が鳴らされると、集まった保存会メンバーや市民から歓声が上がりました。鉄道廃止後、19年振りの汽笛がヤマの街に復活し響きわたったのです。

順調に活動が続いているこの南大夕張駅構内での保存活動ですが、もちろん夕張市の破綻と無縁であり続けられるはずがありません。あと一ヶ月、奇しくも「鉄道の日」の翌日10月15日には「SL館」が幕を閉じようとしています。今後保存車輌は、そして活動拠点である南大夕張駅構内はどうなってゆくのか…奥山会長は不安を隠しきれない様子です。
▲なんとキ1はウィングの動作も公開された。今や可動状態にある単線用ラッセル車は全国でも数少なくなってしまった。'06.8.27 P:三菱大夕張鉄道保存会
投稿者 名取紀之 : 18:47
2006年09月14日
ナローゲージ・コンベンションの旅 (第11回)
サウンド・トラックス社を訪ねる。

「せっかくですからサウンド・トラックスさんの工場見学に行きませんか」とご一緒した関水金属の加藤 浩社長からメールでお誘いをいただいたのは、出発2週間ほど前のことでした。なんでも7月に行われたNMRAコンベンションの際に、加藤さんが8月にプライベートでデュランゴのナローゲージ・コンベンションに行く…と話をしたところ、ウチの会社はデュランゴにあるので是非寄ってくれとお誘いを受けたのだそうです。加藤さんは永年KATOブランドの現地法人KATO USAの社長さんも務めておられますので、サウンド・トラックス社としても世界に冠たる鉄道模型メーカーKATO(彼らの発音ではケィトゥ)の社長さんを是非お招きしたかったのに違いありません。
▲共同経営のサウンド・トラックス社には“社長室”に相当する部屋がふたつある。こちらはセールスとマーケティングを担当するナンシー・ウォークマンさんの“社長室”。お土産にお渡したRMM誌をしきりに“Beautiful”と賞賛してくれた。'06.8.24
驚いたことに、サウンド・トラックス社は私たちが宿泊しているホテルからクルマでものの10分ほどのところにありました。“Tech Center Drive”などという街路名からして近年開発された工業団地のようですが、日本のそれを想像するとまったく別物。大自然に抱かれて工場とも思えない小綺麗な建物が“点在”するといった感じでしょうか。せっかくの機会だからとお招きに甘えて集まった“日本人チーム”は合計7人。女性経営者のナンシーさんにご案内いただいて工場内をつぶさに見せていただきました。
▲デュランゴ郊外の工業団地といったエリアにあるサウンド・トラックス社だが、広々として周囲の環境は抜群。'06.8.24


DCC(デジタル・コマンド・コントロール)システムとデジタル・サウンド・デコーダーの組み合わせによって、かつてなしえなかった高度なサウンドシステムを構築しようという試みは、これまでにも多くのメーカーによって製品化されてきました。そんな中、サウンド・トラックス社が昨年発表した新システム“TUNAMI”(語源は日本語の「津波」)は、実に20種類以上のサウンドを使い分けられる最新テクノロジーです。
▲自社のサウンドデコーダーを組み込んだ機関車たちがディスプレーされた本社入り口(左)と、ナンシーさんの“社長室”ベランダからの眺望(右)。ちょうど野生のリスが遊びにきていた。'06.8.24
サウンドはすべて実車から採録された音源をもとにデジタル化されたもので、その細かさは驚異的です。現在レディーメードではD&RGW鉄道Kクラス(ミカド)や3トラック・シェ-などいくつかのカテゴリーがリリースされていますが、一例をあげると以下のような芸の細かさです。
Steam Decoders Function Key Effect ※Fはファンクションキー
F0 Headlight/Backup Light/Dynamo
F1 Bell
F2 Whistle
F3 Short Whistle
F4 Steam Release
F5 FX5 Output
F6 FX6 Output
F7 Dimmer
F8 Mute the Sound
F9 Water Stop
F10 Injectors
F11 Brake Squeal/Release
F12 Coupler Clank
…etc.
ブラスト音などという生易しいものではなく、インジェクタ作動音からブレーキ音、果ては連結器のナックルを外す音まで再現され、例えばヘッドライトを点灯すると発電タービン音も出るといった“小技”もふんだんに盛り込まれています。DCCと組み合わせることによって、コンプレッサー音とタービン音だけを響かせながら待機する機関車の横を、フルスロットルの蒸機が通過してゆくなどという“音響効果”も演出できるわけで、実際にデモ運転を目にすると模型観そのものが塗り替えられるほどのインパクトがあります。
▲心臓部ともいえる基板部分もすべて自社内で生産している。工程各所でコンピュータによる自己診断チェックが行われ、最終的には熟練工によって念入りな検査が施される。'06.8.24

サウンド・トラックス社では4層レイヤーの基板まで自社工場で一環生産しています。もちろんデジタル化する“音源”さえあればオーダーメードも可能だそうで、C62 2+C62 3の重連が微妙な汽笛音の違いで合図汽笛を交わし、走行途中で排気が揃わなくなって終いには前補機が空転…などという芸当も不可能ではないわけです。同社では車載の超小型スピーカーでの再生音にも十分気を使っており、最終的なテストで確認するための小型スピーカーが各種揃えられていたのも印象的でした。
▲案内してくださったナンシーさんに熱心に質問を繰り返す関水金属の加藤 浩社長(右端)とJAMの古川 享会長(中央)。古川さんはビル・ゲイツとともにマイクロソフト社副社長として世界のパソコン市場を育て上げてきた方だけに、質問内容も超専門的。'06.8.24


将来的にはNスケールのレイアウトの各所にスピーカーを埋め込み、列車の動きとシンクロさせながらさらに音の奥行感を追求したサラウンド・システム化なども検討されているそうです。埋め込み式となればスピーカーの大きさも格段に自由度を増しますから、その臨場感たるやまた格別のものがありそうです。
ところで、ふと気がついたのは、このようにサウンドに熱心なアメリカにもかかわらず、なぜかトレインスコープ(車載カメラ)にはほとんど興味がないように見える点です。極めて限られた都市部以外「動力分散」というシステムがなく、いわばかぶりつきで前面展望を見る“原体験”が根本的にないからなのでしょうか…。そういえば「前面展望ビデオ」的なものもとんと見かけませんでした。
▲実車から採取された“音源”はこのミキシングルームでデジタル化され、より効果的なサウンドに昇華されてゆく。設備はほとんど放送局並み。'06.8.24
投稿者 名取紀之 : 18:11
2006年09月13日
ナローゲージ・コンベンションの旅 (第10回)
プレジデント・レセプション

デュランゴのヤードは1989年2月10日に大きな悲劇を体験しています。早朝に発生した火災でラウンドハウスがほとんど焼け落ちてしまったのです。まさに存亡の危機に立たされたわけですが、たいへんな努力の末に翌年再建され、以後、ラウンドハウスの一部はミュージアムとして公開されています。
▲ミュージアムスペースはD&RGW時代からの歴史を物語る品々が実に見やすくディスプレーされており、レールフェストの期間中でなくとも見学できる。'06.8.25
今年の“レールフェスト”ではそのミュージアムを会場に“プレジデント・レセプション”と呼ばれるパーティーが催されました。8月23日水曜日の18時から始まったこのレセプションは、レールフェストの参加者なら誰でも参加できる特典です。博物館そのものが会場なだけに、普段では味わうことのできない雰囲気のパーティーを体験できます。
▲テンダーに貼られた米国保存鉄道協会のヘラルド。なぜか「9.11」以降全米を席捲する例の“GOD BLESS AMERICA”の文字が…。'06.8.25
その名のとおりD&SNG鉄道社長のウェルカムスピーチで幕が落とされたレセプションは、生演奏の響くミュージアム内で参加者が和気藹々と食事とドリンクを楽しむという実に贅沢な趣向です。かつてこのブログでもご紹介した交通博物館閉館記念レセプションの際、菅館長が拘っておられたミュージアム内での理想のレセプションそのもので、こんなオープンな参加方法で貴重な展示品に囲まれたパーティーが開催されることに軽い羨望を感じずにはいられませんでした。

キャッシュ・バーでワンコインの飲み物を買い、ケータリングされた食事を自由にとる方式ですが、これがどうして、結構バラエティーに富んだ料理が用意されていてちょっとびっくり。最初は一緒に参加している水沼さんと岡山君がタコスやらなにやらメキシコ料理ばかりとってくるので、これは場所柄メキシカンばかりなのかと落胆していたのですが、なんと展示機関車をはさんで逆サイドにはイタリアンなど別メニューがどっさり! とてもタダとは思えない充実ぶりでした。
▲ミュージアム内で行われた“プレジデント・レセプション”は、保存車輌や展示物に囲まれ、生演奏を聞きながらのパーティーとあって格別の雰囲気。バックは静態保存されているRGSのC-17クラス42号機。'06.8.23


▲開会にあたって挨拶にたつD&SNG鉄道社長(左)。ブッフェスタイルの軽食とはいえ、予想以上に各種の料理が用意されていた(右)。'06.8.23
ちなみに余談をひとつ。ロッキーナローファン御用達のビールとして知られるのがコロラド・レールロード・ミュージアムのすぐそばに工場のあるご当地ビール“Coors”ですが、日本式に「クアーズ」と発音してもまず通じません。かねてよりそのプロナンシェーション(発音)をいろいろ試してみていたのですが、今回、もっとも通じる確率の高いのは何と「国府津」だということがわかりました。つまり国府津、鴨宮の「こうづ」です。ヘタに英語発音に拘ろうと思わず、東海道線の駅名を言うがごとく“Do you have 国府津?”と言えば、すんなりと“Regular or light?”(最近ではライトが主流)と答えが返ってくるはずです。このプレジデント・レセプションでもキャッシュ・バーで「国府津」をたのんだのは言うまでもありません。
ところでミュージアムを見学していた際、片隅でなにやら見慣れたナンバープレートを見つけました。「58654」…そう、JR九州の「SLあそBOY」ことハチロクの5万54号機のプレートではないですか。そういえば「SLあそBOY」とD&SNG鉄道は1989年10月21日に姉妹提携を結んでいたはずです。改めて調べてみると“西部劇映画によく登場し、アメリカで最も人気がある「デュランゴ・シルバートン鉄道」のSLと姉妹列車提携を結”んだのだそうですが、まさかここまできてハチロクのナンバープレートに出会おうとは…。しかも解説には“姉妹提携を結んだ日本で走っている機関車”云々とありますが、ご存知のようにすでに58654は冷たくなって小倉工場で保管されています。これまたなんとも複雑な思いの邂逅でした。
▲そのミュージアムの片隅でどこかで見たようなナンバープレートを発見! でも気分はちょっと複雑…。'06.8.25
投稿者 名取紀之 : 19:18
2006年09月12日
ナローゲージ・コンベンションの旅 (第9回)
「ヤードツアー」のこと

ナローゲージ・コンベンションにあわせて開催されたデュランゴ&シルバートン・ナローゲージ(D&SNG)鉄道の「レールフェスト」(Railfest)もなかなか盛りだくさんなイベントでした。今年で8回目となるこのレールフェストですが、例年になく今年の参加費は高く49ドル(5000円強)。これはどうしたことかと思いきや、デュランゴ駅舎横の芝生に設けられた仮設テントのレジストレーションで最初に尋ねられたのがTシャツのサイズ。何と今年はレールフェスト特製Tシャツ付きのプライスだったのです。
▲転車台で出区線へと向きをかえるK-36タイプ480号機。ヤードツアーの最中にも運が良いとこんな光景を目にすることができる。ちなみにナローといってもK-36は運転整備重量143t、日本のD52より重い。'06.8.25
8月22日(火曜日)から8月27日(日曜日)まで開催されるこのレールフェストでは、例のギャロッピンググースの運転のほか、“バンブルビー”色に塗り替えられたK‐28による混合列車“ミキスト・スペシャル”の運転と同列車の夜間撮影会、車内でミュージカル・エンタテーメントが繰り広げられる“プレジデンシャル・スペシャル”の運転など、数々のイベントが組まれています。もちろんグースをはじめ特別列車の乗車には別料金が必要ですが、夜間撮影会への参加など、レールフェストの参加証である「パスポート」を首からさげているだけで参加できる特典も少なくありません。
▲レールフェストの参加証でもあるパスポートと、ヤードツアーと"プレジデント・レセプション”と呼ばれるパーティーの参加券。真ん中はTシャツとともにもらえる記念のピンバッジ。
特別列車の運転のほかにも、デュランゴ駅に隣接したミュージアムでは“スチーム・ホイッスル・コレクション”のデモ吹鳴や、スワップミートなど多彩な催しが行われています。その中でも「パスポート」を手にしたからには是非とも参加したいのが“ヤードツアー”と呼ばれるデュランゴ機関区の見学ツアーです。開催期間前日にわたって90分サイクルで行われるこの見学ツアーは、通常は立ち入りできないラウンドハウス内や検修庫内を見学できるまたとないチャンスなのです。

当初、毎回定員は20名とアナウンスされていましたが、何しろ2000人近い参加者のコンベンション開催期間中ですから、とても足りるはずもなく、すぐにフルブッキング状態となってしまいました。結局、毎回のツアーをA班、B班と2班に分けて定員増をはかり追加受付。私が参加した時は、A班は歴史的解説を中心に聞きたい人たち、B班が技術的解説を聞きたい人たちとチーム分けをしての実施となりました。
▲ミネラルウォーターのペットボトルを片手に1時間半にわたって熱弁をふるってくれたガイド役のオフィシャルと、ラウンドハウスの解説に聞き入る参加者たち。奥には“バンブルビー”の姿も見える。'06.8.25
このヤードツアー、どういう役職の人なのでしょうか、とにかく話し上手(といってもよく理解できませんが…)のガイド役が冗談まじりにしゃべるはしゃべるは。そこにきて随行してきただけと思しき奥様方まで質問しまくり…。えてして葬送行進のようなどこかの国のこの手の見学会とはえらい違いです。


▲D&SNGは動輪の削成もできる自前の検修設備(左)まで備えている。右は塗装建屋で見かけた標準色チップ。日本の色見本とまるで同じ手法だ。'06.8.25


▲1999年からレストアが開始されたプレジデントカー“General Palmer”(左)と19世紀製とされる木製台車(右)。豪華客車のみならず、こんなものまでしっかり保存されているのだ。'06.8.25
ところで、一時間半のこのツアー後半でちょっとショックなことがありました。ラウンドハウス裏を移動している時、例のガイドさんが国道とアニマス川を挟んだ対岸のはげ山(ということは宿泊しているホテルの横の山ということになるのですが…)を指してなにか説明しています。しかもその言葉の中にはっきりと“HIROSHIMA”のワードが! 何と、広島に投下された原爆を開発していた際の核汚染物質があの山の地中に埋められているので、今もっていっさいの建造物等が建てられない…というような話をしているではないですか! 多くの参加者(もちろんアメリカ人)はただ「ふ~ん」といった反応ですぐに次の解説に耳を傾けていましたが、まさかデュランゴ機関区まできて“HIROSHIMA”に出会おうとは…。時に1945年8月6日から61年と19日目のことでした。
投稿者 名取紀之 : 19:18
2006年09月11日
小田急ロマンスカー・VSEブルーリボン賞受賞記念式典。

また夏に逆戻りしたかのような暑い一日となった昨日、鉄道友の会の2006年「ブルーリボン賞」授賞式が小田急新宿駅で行われました。すでにご承知のように、今年の受賞車輌は昨春から運用を開始した小田急電鉄の新型ロマンスカー・VSE(50000形)です。
▲鉄道友の会馬渡会長、小田急電鉄大須賀社長、それにデザイナーの神戸芸術工科大学岡部教授によるくす玉開披。'06.9.10 新宿 P:RM(新井 正)
鉄道友の会(会員約3500人)が前年に営業運転を開始した新型車輌の中から、最も優秀と認められた鉄道車輌を会員の投票により毎年一回選出するこの「ブルーリボン賞」は、1958(昭和33)年に創設された歴史ある賞で、何とその第一回受賞車輌となったのがほかならぬ小田急3000形(SE)です。以後、歴代の小田急ロマンスカーは1964(昭和39)年に3100形(NSE)、1981(昭和56)年に7000形(LSE)、1988(昭和63)年に10000形(HiSE)、1992(平成4)年に20000形(RSE)と通算5回も栄誉に輝いており、今回の受賞でまさに前人未到の6度目の栄冠を獲得したことになります。
小田急新宿駅地上1番ホームで朝9時30分から行われた「受賞記念式典」では、授賞に先立って高井薫平ブルーリボン賞選考委員長から選考経過の報告が行われました。小田急50000形はノミネート14車種、有効投票3420票のうち何と1005票を獲得、まさに圧勝だったそうです。構体にアルミ製ダブルスキン構造を採用したシルキーホワイトの車体に大胆な流線形の前頭フォルムを有し、小田急ロマンスカーとしては久しぶりの先頭展望席付となったエクステリアデザインはもとより、インテリアも愛称の由来ともなったドーム型の天井をはじめとして、編成内に設置されたサルーン(コンパートメント)やカフェ、そして、喫茶サービスの復活などの接客サービスの充実も含め、非日常性を演出する試みが随所になされている点が高く評価されました。さらに技術面でも、乗り心地と走行性能の向上のため、高位置空気ばね車体支持方式や車体傾斜装置、台車操舵制御が採用されており、連接車の構造を生かし、快適性の実現のため惜しみない技術が投下されていることが、鉄道友の会会員の圧倒的支持を集める結果となったとのことです。
▲選考経過を報告する高井ブルーリボン賞選考委員長。'06.9.10 新宿 P:RM(新井 正)


続いて鉄道友の会の馬渡一眞会長から小田急電鉄の大須賀賴彦社長に表彰状が授与され、くす玉開披後、「スーパーはこね13号」は箱根湯本へと発車してゆきました。ちなみに充当された第2編成正面には記念ステッカーが貼られましたが、今日からは第1編成にも同様のステッカーが貼付されているはずで、両編成とも今月一杯は記念ステッカー付きで運用されるとのことです。なお、小田急電鉄ではこの受賞を記念して「ロマンスカー特急券&箱根フリーパスプレゼント」や記念乗車証の配布(16~18日、23・24日、30日)、さらには歴代ロマンスカー写真パネル展(新宿駅:9/10~9/22、相模大野駅:9/23~9/29、小田原駅:9/30~10/5)を開催しています。
▲鉄道友の会久保 敏副会長から小田急電鉄嶋崎章臣常務に渡された記念盾(左)と、第2編成正面に貼られた記念ステッカー(右)。'06.9.10 新宿 P:RM(新井 正)
投稿者 名取紀之 : 23:30
2006年09月10日
ナローゲージ・コンベンションの旅 (第8回)
ギャッロピンググースとの再会

▲456マイルポスト付近のストレートを走る5番グース。鈍重な姿からは想像できないくらいのスピードで駆け抜けていった。'06.8.24 Home Ranch
なにしろこの小さな町に2000人からのナローゲージャーが集結しているのですから、動態復活後の5番グースにとってもまさに千載一遇の晴れ舞台でしょう。実際のところ彼の地のファンにして、今回初めてグースの実物を目にしたという人も多く、連日沿線にもたくさんのファンの姿が見受けられました。
興味深いことに、ギャロッピンググース・ヒストリカル・ソサエティー(GGHS)のブラウン会長のお話では、蒸機ファンとグースファン(?)は明らかに違うのだそうです。いったいどこがどう違うのか肝心なところは聞きもらしましたが、何か頷ける話ではありました。たしかに蒸機列車の“追っかけ”をしているファンの中には、続行でグースが来るにも関わらず、にべもなく次の撮影地へと去っていってしまう人さえ見受けられました。
▲5年ぶりに再会したブラウン会長と。ここから乗ってゆけばと誘ってくれたがそうもいかない。手にしているのはブラウンさんからもらった新作のソサエティー謹製マグカップ。'06.8.23 Rockwood
ところで、ナローゲージ・コンベンション名物の「クリニック」は今回も多数のプログラムが用意されていましたが、その中のひとつにGGHS主催のクリニック「帰ってきた5番グース」がありました。会場はヘッドクォーターホテルの小バンケットルーム、その名も「シルバートン」。これは逃すわけにはゆくまいと勇んで参加したのですが、なかなかどうして、ちょっと考えさせられるクリニックでした。

▲シャロナ湖(画面左下)を見下ろすシーニック・ポイントをゆく5番グース。体験乗車ではこういった景勝地でのフォトランも行われる。'06.8.23 Rockwood
クリニックの一般的スタイルは、演台の講師役が最初にDVDやパワーポイントを使って演目の概要を解説、次に最も伝えたい部分を詳述したのち、最後に質疑応答に移るというもので、トータル約90分。もちろん全部英語で、しかもローカルなジョークが連発されますから、正直ほとんどわからないのが実情です。それでも毎回結構楽しく聴講していたのですが、今回はちょっと雲行きが違いました。それというのも概要説明が終わったあたりから、50人ほどの会場後方に陣取った人物から頻繁に発言がさしはさまれるのです。講師役が「ナッツベリー・ファームの3番はGMCエンジンを搭載しており…」と言えば、「違う!あれは最近カミンズ製に喚装された」とか、やたらと話の腰を折ってきます。講師役を務めていたGGHS副会長さんはそのたびに「いやぁ、よくご存知で…」などとかわしていましたが、日本国内では同様の状況を当事者体験したことが数知れぬだけに、洋の東西を問わずの展開に暗澹たる思いでした。


さらに話はこれにとどまりません。GGHSの今後の活動として積極的なドーネーション集めが行われている、ドロゥレス近郊の旧リオグランデ・サザン(RGS)鉄道線復活計画に話が及ぶと、今度は“まっとうな”一般参加者から「高速道との交差部の許認可申請をどうするのか」といったシビアな質問があいつぎました。10月に日本鉄道保存協会の総会を控えている私としては、これまた身につまされる展開で、“カウンターの内側”の厳しさをここまで来て再確認しようとは思ってもみ
