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2006年03月31日

32年前の“今日”へ。−1974年北海道の旅− (10)

4月1日
mashike1.jpg
3時39分、何とか深川で「利尻」を下車。今日は再び増毛へと向かうつもりです。稚内から一緒になった大沢先輩とその連れの中3と3人、待合室で留萌本線の始発を待ちます。例のFTbブラックの彼はそのまま「利尻」で札幌へと去ってゆきました。
▲増毛の転車台で転向する19609。ここ増毛のターンテーブルは機関車のエアーを利用して回転するタイプで、そのぎくしゃくした動きから“尺取り虫”と通称されていた。'74.4.1

深川駅待合室でうとうとしていると、やがて上り「大雪5号」が到着。4時13分、「大雪5号」から降りて待合室に入ってきたのは例の立教の彼ではないですか。とにかくこの時期、渡道している多くのファンが、「利尻」、「大雪」、「すずらん」、「狩勝」といった夜行急行を“寝床”として巡回していますから、こんな風に二度三度と出会うことは決して珍しいことではありませんでした。

mashike2.jpg4人となった私たちグループは、深川5時42分発の留萌本線始発羽幌線直通羽幌行1821Dで留萌へと向かいます。ただ、前回とはうって変わって、朝靄の彼方から太陽どころか、外は暴風雨になってきてしまいました。この分では雄冬連山も拝めそうもないな…と一同なかば諦め顔です。立教の彼は今日の「おおぞら3号」→「みちのく」の指定をとってあるのだそうで、この留萌本線が最後の撮影になります。
▲3日前の3月29日の絶景から考えると見る影もない増毛発7774レの姿。この写真ではわからないが、とにかくえらい風雨である。'74.4.1

mashike3.jpg7時03分留萌着。7時31分発761Dで増毛へと向かいますが、一応念のため今日の運行を駅案内所で確認しておきます。またしても助役が親切に鉄電で問い合わせてくれ、その面ではひと安心。ところが風雨は強くなるばかりで、増毛に到着してみると傘さえさしていられないほどの暴風となってしまいました。留萌港は“3大波浪港”として知られているそうですが、この日の増毛も結構な荒れようでした。
▲しかもやってきたのはしっかり「団結」の文字が浮き上がる19609。'74.4.1 増毛−箸別

ずぶ濡れになりながら待つことしばし、9時41分定刻にやってきたのは、こともあろうに今朝方深川で目にした「団結号」19609ではないですか! すっかりやる気をなくして駅前の雑貨屋に食料を求めて入ったものの、手にとった40円なりのサバの缶詰は2年ほど前に製造された埃をかぶったもの。どうもとことんついていません。仕方なくカップヌードルを買って、11時ちょうど発の762Dでひとつ手前の箸別へと向かいます。この期におよんでもまだ雄冬連山に未練があったのです。

rumoi1.jpg結局、第二箸別のバス停小屋で風雨を避けながら7774レをなんとか撮影、バスで留萌駅前まで戻り、13時53分発736Dで峠下へと向かいました。留萌でD61が充当されることを確認した1792レを峠下を出た10‰で狙います。この頃にはようやく天候も回復基調で、半逆光ながら、峠下隧道に登りつめてゆくD61 4の姿をしっかりと捉えることができました。
▲峠下を通過するD51プシュプルの6783レ。結構なスピードで本務機がタブレットキャリアを投げ込んでゆく。'74.4.1

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峠下16時15分発の826Dのキハ22 121で深川へ、9分ほど延着した604D急行「大雪3号」のキハ56 40で札幌へと向かいます。いつもなら日のあるうちに撮影を切り上げて札幌へ向かうなどありえないことですが、今日4月1日夜は渡道している鉄研仲間が札幌に集合する約束になっているのです。
▲運炭線区だけあって最急勾配は10‰程度に押さえられているものの、ふたつの隧道を擁する恵比島−峠下間は留萌本線最大の難所である。盛大なブラスト音を響かせて峠下を出る1792レのD61 4。'74.4.1

「おおぞら3号」に乗る立教の彼とコインロッカーの前で別れ、私と大沢先輩は集合場所の緑の窓口へと向かいます。すると、驚いたことにメンバー以外の懐かしい顔があるではないですか。去年の渡道の際、浜頓別で知り合い、我々鉄研の仲間とも行動をともにしてきた愛知県春日井市のU君です。一昨日、撮影地で同期の土屋君と出会い、行動をともにしていたものの、土屋君とは昨年会ってはおらず、まさか我々の仲間とは思ってもいなかったとのこと。それが翌日、去年一緒だったやはり同期の中山君と再会し、土屋→中山→名取のラインがはじめて結びついてびっくり。ならば是非…と今日の集合に飛び入り参加してくれたのだそうです。残念ながらちょうど今日帰路につくそうで、一緒に撮影することはかないませんが、皆で「どさんこ」でラーメンを食べ、駅地下街の喫茶店「みかど」でこころゆくまで語り合いました。教員になる夢を熱く語っていた春日井のU君や鉄研の仲間たちに見送られ、5番線から「狩勝4号」の1号車スハフ44 3に乗車、明日は今回初の道東へと足を伸ばします。

投稿者 名取紀之 : 2006年03月31日 18:54

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