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2006年03月29日

32年前の“今日”へ。−1974年北海道の旅− (8)

3月30日
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結局、前夜は「利尻」に乗り、今日は宗谷本線の撮影に一日費やすことにしました。ところが、幌延で降りるつもりがすっかり寝過ごしてしまい、気がついたら列車は抜海を過ぎて南稚内目前となっているではないですか。南稚内6時20分着。交換の6時21分発338Dに飛び乗って幌延へと戻ります。
▲10時58分定刻、天塩川の対岸にやってきたのはC55ではなくC57の牽く324レだった。余談ながら、このC57 87はこの翌年廃車され、よりによって沖縄で保存されたが、荒廃が進んで2005年に解体されたという。'74.3.30

幌延は半年前の前年夏にも訪れていますが、夏場ならともかく、この季節とあっては起伏のないただの雪原で、特に絵になるポジションはないかもしれません。338Dのキハ24 5の車中で5万分の1地形図をチェックしているうちに気が変わり、急遽目的地を佐久に変更。天塩川沿いをゆくC55を狙うことにしました。

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佐久には9時21分着。天気は今にも雪が落ちてきそうな曇天です。佐久に降りたのは私と地元の人の3名のみ。撮影に出る前に明後日、4月1日札幌発の急行「狩勝4号」の指定席をとってもらえるように佐久駅に依頼します。札幌を基点にすると、どの方面にも夜行急行が設定されていて便利なのですが、なぜか釧路方面への夜行「狩勝4号」だけは全車が指定席で、自由席の設定がありません。「12時13分の幌延行に乗りますから、その時に受け取ります」と言い残して駅を出ました。
▲道内には全国時刻表には載らないこのような「乗降場」が数多くあった。'74.3.30 糠南乗降場

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40分ほど国道を歩いて、ようやく地形図で目星を付けたポジションにたどり着いたものの、目の前の手塩川を見てがっかり。すっかり凍結してしまっており、どう見ても川ではなく雪原にしか見えません。これでは意味がないと再び駅方向に戻り、何とか水面が出ているポイントでC55の牽く324レを待ちます。ところが…やってきたのはC55ではなく最近になって転入してきたC57 87ではないですか。あとでわかったことですが、3輌いた旭川区のC55のうち、47号機は昨年11月に廃車、30号機はボイラの不調で休車中で、残るは50号機のみ。その50号機は3月一杯は奇数日、4月からは偶数日に324レに充当されるとのことでした。
▲糠南−上雄信内間は北見山地が天塩川に落ち込む険しい地形で、宗谷本線はその断崖にへばりつくように走る。これまでにも多くの災害に見舞われた難所である。錦川橋梁を想像以上の高速で走り抜けるのは9600の牽く1396レ。'74.3.30

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佐久駅に戻ると「狩勝4号」の指定券がとれていました。当然マルスなどの設備はありませんから、鉄電で音威子府かどこかに連絡をしてから発券したものでしょう、手書きの指定券でした。なぜか発行日が一日ずれて31日になっているのですが、恐らくこの駅で指定券を発券することなどめったにないのでしょう。

12時13分発339Dで次に向かう先は全国時刻表には記載されていない糠南(ぬかなん)という乗降場。本当に乗降台しかなく、見渡せど周囲に家らしきものも見当たりません。最初にやってくるのは9600の貨物1396レのはずですが、通過までにはまだ2時間以上あります。待合室もないとあって、上雄信内方179キロポスト付近にあった保線小屋で休みながら時間が経つのを待ちました。天塩川沿いの斜面に橋梁がへばりつく、ちょっと保津峡を思わせるポジションで1396レとC55 50の牽く321レを撮影、17時45分糠南発348Dで天塩中川に向かうことにしました。それにしても、C55 50は僚機と比べて正面のナンバープレートがやたらと上がちで、贔屓だった47号機と比べるとどうも好きになれないカマでした。

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▲16時30分をまわって暗くなりはじめた天塩川沿いの杣道をやってきたのは唯一稼働状態にあるC55 50〔旭〕。南稚内で駐泊したのち明日の324レで戻ってくるはずだ。'74.3.30

天塩中川に向かったのは、急行停車駅だからで、ここから旭川行の314D急行「礼文」に乗り継ごうというわけです。天塩中川着18時07分。思えば今朝方「利尻」を乗り過ごしたのが運のツキで、今まで何も食べていなかったことを思い出し、よろよろと駅前食堂に入って鍋焼きうどん220円也を注文、ようやく人心地ついて19時56分発の「礼文」に転がり込みました。幸いそれほど混んではおらず、キハ56 47の14番ボックスを占領して、23時02分着の旭川まで深い眠りに落ちたのでした。

ちなみに、「礼文」で旭川へ行っても接続する夜行列車はもうありません。実は今夜も旭川0時20分発の下り「利尻」で折り返し、再び宗谷本線北部、さらには隔日運転の興浜北線へと向かうつもりです。