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2006年02月21日
鹿島鉄道が廃止を表明。

またしてもローカル私鉄受難のニュースが飛び込んできました。今日付けの読売新聞茨城版によると、鹿島鉄道が3月末にも国土交通省に廃止を申請するというのです。2000(平成12)年の鉄道事業法改正以降、鉄道事業の廃止手続が変更され、事業者の鉄道事業からの退出については、許可制から事前届け出制となりました。これによって廃止を申請した時点から一年後、つまり来年3月末には廃止が可能なわけで、ひょっとすると、あの霞ヶ浦沿いをゆく気動車の姿はあと一年ほどで見られなくなってしまうかもしれないのです。
▲はるか筑波山をのぞんで霞ヶ浦湖畔をゆくキハ432。鹿島鉄道最大の魅力はその牧歌的な沿線風景にある。'01.7.7 浜-玉造町
報道によれば、廃止は昨日(20日)開かれた鹿島鉄道対策協議会(会長=石岡市長)の席上で同社が明らかにしたもので、今年度末で親会社である関東鉄道からの資金援助が打ち切られることが最大の理由のようです。鹿島鉄道社長は、施設も老朽化しており廃止せざるをえないと語ったそうで、これまで支援してきた沿線自治体やサポーターからは廃止撤回をのぞむ声が強まっているといいます。
▲榎本の側線から百里基地へはパイプラインが通っており、貨車で運ばれてきたジェット燃料はこのパイプラインを通して基地のフューエルタンクへと運ばれた。
ご承知のように、石岡〜鉾田間27.2kmを結ぶ鹿島鉄道は、沿線の陸上自衛隊百里基地へのジェット燃料輸送を大きな収入源としてきました。そのためにDL牽引の貨物列車が残り、私たちファンにとってはそれが大きな興味の源泉にもなっていました。ところがこの燃料輸送が2001(平成13)年度限りで道路輸送に転換されてしまったため、ただでさえ脆弱だった収支は一気に悪化、これをうけて茨城県と沿線自治体は対策協議会を結成、2002年度から2006年度までの5年間に約2億円の資金援助を行なってきました。しかし収支は改善せず、加えてつくばエクスプレスの開業によって鉄道事業収入が減少してしまった親会社・関東鉄道の支援撤退もあって、万策尽きてしまったというのが実情のようです。
▲長年にわたって鹿島鉄道のアイドル的存在だったDD901は常陸小川駅構内に保存されている。'01.7.7 常陸小川

貨物列車こそなくなってしまったものの、鹿島鉄道ではまだまだ魅力的な車輌たちが“今なお現役”で活躍を続けています。何よりも特筆されるのは元国鉄キハ07形の生き残りキハ601・602が日常的に運用に就いていることでしょう。07系特有の6枚窓の流線型前面こそ平面に改造されているものの、キハ601は今年でちょうど車齢70歳を迎える1936(昭和11)年製の元キハ07 29、キハ602も翌1937(昭和12)年製の元キハ07 32で、今となってはTR29形台車の乗り心地を体感できる唯一の車輌です。赤とクリームのいわゆる金太郎塗り分けのキハ432とキハ714、さらには緑とクリームのキハ431と、雄大なロケーションにお似合いの車輌たちも現役で、関東地方在住のファンにとっては日帰りで楽しめる貴重な非電化路線であるだけに、これからのなりゆきが注目されます。
▲キハ602。古稀を迎えようという現役最古の気動車で、現在でも主力車輌として毎日活躍している。'01.7.7 石岡
投稿者 名取紀之 : 2006年02月21日 19:59
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