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2005年09月09日

「档案」のこと。

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「档案」と書いて“だんあん”(Dang-An)と発音します。中国語ですが、日本人には漢字そのものも、熟語としても、そしてその意味するところも馴染みのない言葉です。

私が初めてこの「档案」という言葉を初めて知ったのは、かれこれ十年ほど前の大連市電民主車庫でのことでした。その頃の中国東北部には、鉄路局はもとより、各地で戦前の満州時代の「日本製」車輌が活躍を続けており、機関区(機務段)を訪ねるたびにその来歴を調べようと努めてきました。ところが、中国人通訳を介した説明では、いつもこちらの意図が伝わらず、歯痒い思いを重ねざるをえませんでした。

そんな中で、この時はメンバーに中国語に極めて堪能な女性がおり、車庫事務所でこちらの意図するところを逐一翻訳して伝えてもらうことができました。つまり、車輌がどこで製造され、いつどのような改造を施され、どこからどこへ転属し、どれだけの走行距離をこなしているのか…日本で言うところの「履歴簿」を見せてもらいたいわけです。

これまでの経験では、筆談で「履歴」と書いても意味が通じないらしくアウト。しかも「履歴」を中国語で意訳すると、就職活動の時に使う履歴書の類になってしまうらしく、やはりにわかには理解してもらえませんでした。それでもしつこく食い下がっていると、相手の主任氏はハタと気づいたらしく、「なんだ“档案”か!」と事務所の奥のガラス棚から古びた書類束を持ってきてくれました。万年筆で書かれたと思しき日本語は「昭和XX年日本車輌製造」で始まっています。それは、戦前から絶えることなく書き続けられてきた、まさしく「履歴簿」そのものでした。
▲味のある表情が好ましかった大連市電1000形。無理を言って光線状態の良い、影を引かないところに移動してもらって形式写真を撮らせてもらった。なお、この1000形は戦後の中国製である。'93.3.19   民主車庫

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ところで「なんだ“档案”か!」という主任氏の発言を聞いて仰け反ったのが件の中国通の女性です。「えっ、だんあん!?」。事情を知らない私たちには彼女の驚きの理由がさっぱりわかりませんでしたが、後になってこの言葉の意味するところを知って愕然としました。

「档案」とは、中国人民全員に一冊ずつ存在するいわば人間の「履歴簿」で、『中日辞典』(小学館)によれば、中学校卒業時点から記入し始められるそうです。いわゆる戸籍謄本のような内容はもとより、先祖が日本軍や国民党に関わっていなかったかどうかの“本人成分”、中国共産党の党歴、さらには言動、旅行歴、付き合いのある外国人等々までが逐一書き込まれてゆくのだそうです。もちろん非公開で、各地方の党人事部が厳重に管理しており、本人も何が書かれているのかは生涯知ることはできません。この「档案」如何によっては、本人の努力とは関係なく人生が決まってしまうことさえあるそうです。。

何とも考えさせられる話ですが、それにしても「履歴簿」が「档案」とは言いえて妙ではあります。ちなみに見せてくれるかどうかはともかく、その後どの機務段へ行っても「档案」と言えばすぐに話が通じるようにはなりました。
▲民主車庫前で顔を合わせた日車製3000形と4000形。アカシアの街路樹に囲まれた日本時代の街並みを走る姿が素敵だった。現在では連接車体のLRTがスラブ軌道上を走り回っている。'91.3.21  民主車庫前

投稿者 名取紀之 : 2005年09月09日 16:43

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