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2005年06月29日
デイビッドに会いにインドへ行く(第6回)

機関区の手前の本線上には、自然の流水を利用した簡単な給水設備があります。当然“生水”で、果たしてどれほどの硬度なのかは知りませんが、ボイラのために清罐剤を入れて…などということはいっさいありません。写真はひと仕事終えて給水中のデイビッドと牛です。
ところでこのウシ、何しろヒンドゥの神様ですから、どこへ行ってものうのうと邪魔をします。街中はもとより、幹線道路上も牛だらけ(?)で、一説によれば、この牛さんのために、インドの国民総生産は何パーセントか落ちているとも言われています。
現地に行く前はこの牛は皆“野良牛”だと思っていたのですが、実はほとんど買主がいるのだそうです。耳輪もなく、どうやって見分けるのかは定かでありませんが、買主がいるとすれば、それこそ迷惑な話です。飲食店にのそ~と入ってきてモノを食べてのそ~と出て行く姿を見ていると、宗教観の無い日本人にとっては頭が真っ白になってしまいます。

デイビッドの後ろ姿です。残念ながら“DAVID"のネームプレートは右サイドにしか残っていません。また、キャブ側面に開いた穴は銃創らしく、入境制限されていた間には、このティポング地区でもかなり熾烈な民族紛争が繰り広げられていたようです。

もともとティポング炭礦には4輌の“Bクラス”が在籍していました。“Bクラス”とは、かのダージリン・ヒマラヤン鉄道の主力形式で、1968年にダージリンからこの炭礦へ移籍してきています。現在ではこの1914年ノース・ブリティッシュ製No.789ともう1輌(No.796)が予備機として残されているだけですが、本家・ダージリンがほぼ完全に無煙化された今となっては極めて貴重な存在です。写真は身ぶり手ぶりでようやくサイドロッドを下ろしてもらって撮った一枚。

このティポングで2泊お世話になったのが炭礦のゲストハウス“Tipong House”です。この2階すべてがゲストルームとなっており、裏庭には専用の調理人一家まで住んでいます。まさに英国統治下のコロニーを彷彿させる造りと言えましょう。
実態はこの写真で見るほど小奇麗ではないのですが、ともかくこの2泊の間のお客さんは私たちだけとあって、撮影行の宿としては充分なものでした。ちょっとそのアコモデーションの一部をご紹介してみましょう。

何と蚊帳です。日中は信じられないほどの暑さですが、陽が落ちると急速に涼しくなってくるのは現在の日本との大きな違いです。ただ、やはり蚊や羽虫の類は多く、ことに蚊はマラリアの感染源でもあるので要注意です。もっともこちらの蚊はすれてない、というか極めて純真で、持参した蚊取り線香で気の毒になるくらいバタバタと撃墜されます。考えてみると、逆に日本の蚊はすっかり耐性ができてしまっているということでしょう。
そしてこの蚊帳、実はもうひとつの効果があります。それはヤモリ除けです。東南アジアではよく部屋の中にヤモリがいますが、このティポング・ハウスは、居間から寝室からかなりの数のヤモリが住み着いています。天井にくっついているヤツが何の拍子かボトッと落っこってくるのを蚊帳で防ごうというわけです。
ところでヤモリが鳴くのをご存知ですか。他所でも鳴いているのを聞いたことはありますが、ここのヤモリは実におしゃべりというか、正直言って耳障りです。甲高い「キュッ」といった声ですが、これがあちらの壁こちらの天井と鳴かれると、これは結構迷惑です。

今日の最後は尾篭ながらトイレ兼シャワールームです。いっちょまえに水洗ですが、もちろんまっとうには流れてはくれません。当然、トイレットペーパーはなく、画面中央右にあるバケツの中に突っ込んである手桶を用いて“不浄の左手”で清めるわけです。ひどい…とお思いでしょうが、日本のトイレが異常にきれいなだけで、世界標準からしてもこれは充分に合格点です。
残念ながらシャワーは水しか出ませんでしたが、欧米のシティホテルでもお湯が出ないというトラブルは日常茶飯ですから、これでもありがたい限りです。最悪なのはインドネシアで経験した、さながら間欠泉のごとく熱湯と冷水が不規則に噴射されるシャワーで、この時ばかりは、何とか冷水だけ出てくれと祈るばかりでした。
投稿者 名取紀之 : 2005年06月29日 00:24

