2014年04月16日

神戸有馬電気鉄道の遺構。(下)

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▲現在の神戸電鉄湊川駅正面。昭和63年に開業60年を記念して駅正面付近の大改装が行われた。右手の建物が当時の切符売り場であった。屋上部には電照塔の土台が残っている。'14.1.4 P:宮武浩二
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戦前は湊川駅に隣接する新開地の歓楽街も賑やかだったそうですが、現在は地下駅となりこの地上の駅舎部はひっそりと静まり返っているのが印象的です。神戸電鉄にはこのほかに神有電車の名残として、開業すぐに新造されたデ101号が鈴蘭台車庫の入換車(無籍)として残っており、車窓からも見ることができます。

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▲神戸電鉄湊川駅への隧道入口。この先で旧切換工事が行われた。'14.1.4 P:宮武浩二
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▲旧ホーム跡は埋められている。正面の飲食店の存在で途切れているように見える線路跡だが、店舗の右側から地下通路に転用された隧道跡をたどることができる。'14.1.4 P:宮武浩二
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▲旧駅から続いていた隧道は地下通路として使用されている。なだらかな勾配がいかにも地上部に出る線路跡として名残が残る。'14.1.4 P:宮武浩二
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▲現在の湊川駅地上部のコンコース部。'14.1.4 P:宮武浩二
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このデ101は現役ではないものの、旧性能車が動く状態で残っているのは今となっては奇跡的なことで、山岳電車の香りを残す車輌としてたいへん貴重なものだと思います。以前「編集長敬白」で紹介されていた富士山麓鉄道の1号(アーカイブ「保存された富士山麓モ1」参照→こちら)と比較してみても興味深いものがあります。

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▲湊川駅の屋上は湊川公園として整備されている。正面中央の丸いものは大時計のケーシング。'14.1.4 P:宮武浩二
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ところで、神有電車については戦前かなり経営が厳しかったようで、四国の資本が投資されていたようです。当時の役員名簿には百十四銀行の頭取であった宮武恒造(私の大祖父)や琴平電鉄の社長であった大西虎之助氏などの名前も見えます。そんなことから神戸電鉄には親しみがあって調べてみました。

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▲神戸電鉄の起点を示す0キロポスト。昭和3年の開業当時からの起点であった歴史を伝えている。'14.1.4 P:宮武浩二
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